132.家族同然だからね

 夕食時にトリシャから、美しい贈り物をもらった。薄青に銀糸で刺繍が施されたハンカチだ。紋章とイニシャルを上手に組み合わせた図柄も見事だけど、その出来栄えに感心した。


「ありがとう、トリシャ。僕の宝物にするよ」


「エリクは良い品を見慣れているから、恥ずかしいのですけれど」


 ソフィが後押ししてくれたという。彼女が出来栄えを褒め、これならどこに出しても恥ずかしくないと太鼓判を押してくれたらしい。後で彼女に褒美を用意しないとね。


「僕の目は確かに肥えてる方だけど、それでも見事だよ。立派だ、これだけできたら職人になれる」


 お世辞抜きで、驚くべき出来栄えだった。針子として働く騎士の未亡人達に見せても、きっと感嘆の息が漏れると思う。絶賛した僕に照れて、トリシャが赤くなった頬を両手で包んだ。


「本当に嬉しい、ありがとう」


 重ねて礼を言って、頬にキスをする。夕食が並べられていく円卓には、ソフィとニルスの分も用意させた。先日の朝食は楽しかったし、たまにはいいよね。コース料理は面倒なので、料理は大皿で運ばせた。好きな物を取り分けて食べるスタイルに、トリシャは驚いた様子で目を瞬く。


「家族の食卓みたいですね」


「実際、家族同然だからね」


 言い切ったら、少し考え込んでしまう。まだ早かった? それとも何かトラウマに触れてしまったんだろうか。心配になるが、ソフィも首を横に振る。何が悪いか分からなかったらしい。


「あの……家族だと思ってもいいのですか?」


 思わぬ反応に、全員が固まった。一番最初に声を出したのは僕だ。


「もちろん、トリシャは結婚したら僕の家族、妻だからね」


「姫様と家族になれたら、嬉しいですわ」


 光栄という他人行儀な表現を敢えて避けたソフィが微笑む。ニルスも同様だった。


「すでに家族だと思っておりますよ」


「よかった」


 微笑むトリシャは、家族という単位に慣れていないんだね。それはここに居る僕やニルスも同じ。早くから奉公に出たソフィもか。親や兄弟姉妹と一緒に食卓を囲み、愛されて育った経験が乏しい。だから家族に憧れるんだ。


 正しい家族の形は知らないけど、自分達が居心地いい家族を作ればいいさ。


「まず、家族のお祝いに乾杯でもしてみるかい?」


 わざと明るい口調で促せば、隣に腰掛けたトリシャがグラスを手にする。シャンパンを用意させて注ぎ、全員で乾杯をした。こんな経験はない。ニルスとソフィも笑顔を振り撒き、トリシャはとびきりの笑顔を見せてくれた。


 可愛いトリシャ、僕は君を鳥籠にしまっておきたい。誰にも見せたくないし、誰も見て欲しくない。僕の声だけ聞いてくれたらいいし、その美しく囀る声は僕に話しかけるだけでいい。でもね……そこに欲が出た。


 水槽に水草や石を配置するように、美しい薔薇の周囲に引き立てるかすみ草を添えるみたいに、家族になった2人を鳥籠に加えたい。こんな風に僕を変えるなんて、トリシャは本物の魔法が使える魔女みたいだ――惚れ直してしまうね。

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