131.篝火に集る羽虫ばかりだ
顔を見せにきただけらしく、土産の肉を咥えたルーは午前中に山へ引き上げて行った。僕が番を見つけたと風の噂に聞いたのかも、そう囁いたらトリシャの顔が真っ赤になる。可愛い。
存分に堪能してから、午後は刺繍をするというトリシャを残して執務室へ向かった。アレスはいるけど、マルスは休みだ。今回は危機も去った直後で、あと数ヶ月で結婚式の警備もある。休まないとクビにすると脅して休ませた。数日したら、アレスが交代する。本来はそれが正しいんだけど、どうしても休みたがらなかった。僕に敵が多すぎるのがいけないのかも。
「ニルスも休むかい?」
「ご冗談を。休ませるならクビにしていただきます」
「それは……正直困るね」
ニルスがいないと回らない。苦笑いした僕に、予想外の言葉がかけられた。
「自覚はないようですが、陛下こそ休んでおられませんよ」
「え? 僕は合間にちゃんと休んでるよ。トリシャとお茶会したり、一緒に読書を楽しんでるじゃないか」
「婚約者とのお茶会や語らいの時間は、貴族なら仕事に分類されます」
思わぬ言葉に、政略結婚の文字がよぎった。愛情がない政略結婚なら、好きでもない婚約者と過ごす時間は、家同士の交流を深める一環だ。仕事に分類されてもおかしくないか。
「僕の場合は癒しの時間だ。わかってるだろうに」
唇を尖らせて怒ってると示せば、ニルスはすぐに「申し訳ありません」と笑った。僕を揶揄ったな?
「ご報告から入ります」
積まれた書類はさほど多くなく、ニルスが報告を優先するなら重要な書類ではない。ペンを手に取らず、机の上で手を組んだ。聞く姿勢を作った僕の耳に、耳慣れた声が思わぬ言葉を届けた。
「ヨアキムの首を狙った犯人が捕まりました」
「ルーじゃなくて?」
「ヨアキムの首を狙ったのは、帝国貴族ですね。アルベニウス侯爵家で、娘をヨアキムの妻にする計画でした。肖像画に一目惚れした娘が、首を自領に埋葬したかっただけのようです」
事件性はない。惚れた男の骨を埋葬し、墓参りをしたかったのだろう。
「アルベニウス侯爵は?」
「娘が雇った者らのリストを提出、温情を願い出ております」
アルベニウス侯爵は外交能力が高く、使える人材だ。できたら残したい。娘を許すことで忠誠を買えるなら安いか。
「侯爵令嬢に骨を届けてやってくれ」
「承知いたしました」
ヨアキムの骨はすべて、大地の亀裂へ捨てる。これは今後のトラブルを防ぐ為であり、譲れなかった。だが、骨の一片くらい構わない。僕はそこを詳細に指示しなかった。まずいと思えば、ニルスは地下牢に落ちている誰かの骨を使うだろう。だから誰の骨を届けろと命じないのだ。それは皇帝が知らなくてもいい裏側だった。
「もうひとつ、ご報告がございます」
そちらは待っていた報告だった。噂を流した侍女らしき女達の背後関係だ。紙の上に並んだ家名は4つ……うち2つは親が使えるね。残り2つは属国を吸収する際に生き残った王族達だった。国を失ったのに、寄生虫のように帝国にしがみ付く。そのくせ宿主に害をなすなら処分するだけ。僕はペンを取り出し、邪魔な家に線を引いた。
「これは要らない」
線を引かれなかった家の当主を呼び出すよう命じるニルスに、侍従が静かに頭を下げた。皇帝の座は夜の篝火――想定したより羽虫を誘き寄せる。手を伸ばしたら、自らが焼き殺される未来しかないのに、それを理解できない者が多すぎた。
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