118.まだまだ底が浅いね
昼寝を終えた午後は書類を片付けて、気づいたら昼食を抜いていた。いつにない空腹を抱えて、トリシャとの夕食を楽しむ。調査の手配を終えたニルスが合流し、僕は執務室へ戻った。マルスはお使いに出したから、アレスが守る扉がノックされる。
「どうぞ」
入室を許可するニルスが開いた扉の先に、侍女ソフィがいた。丁寧に頭を下げてから入室し、扉の脇に控える。少し待たせるけど、手元の残り2枚になった書類を片付けた。それから顔を上げてソファを勧める。遠慮する彼女を、ニルスが笑顔で言い含めて座らせた。
「ソフィに大切な任務がある。もちろんトリシャの隣にいるために必要なことだよ」
「承知いたしました」
詳細をすっ飛ばして、彼女は仕事を受けるという。内容を確認しなくていいの? 意地悪を兼ねて確認すると、予想通りの答えが返ってきた。
「姫様の為になるなら、躊躇う理由がございません」
覚悟を秘めた眼差しは真っ直ぐで、僕は心地よさに口元を緩めた。この子なら、本当にニルスの妻になってもやっていけそうだ。恋愛は本人達に任せるとして、僕は大切な小鳥のために動くとしよう。
説明役をニルスに任せ、しばらく時間を稼ぐ。皇帝の執務室にソフィが呼ばれていた時間が必要なのだ。彼女はこれからヨアキムに罠を仕掛ける。危険は少ないが、重要な役割だった。何度も手順を確認して、疑問点を潰したソフィが笑った。
「私が動いた後のフォローはお任せします」
「当然、私が対処いたします」
ニルスが請け負ったことで、話はついた。時計の針を確認し、余った時間をどうするか迷う。見抜いたように、ソフィはトリシャの話を始めた。今日は淡いブルーのネグリジェを選び、お気に入りの鈴蘭の石鹸で身を清めたらしい。時間潰しの理由を悟って、僕を退屈させない辺りは本当に優秀だね。
「明日から動いてもらうから、僕がトリシャの側にいるようにする」
頷くニルスが書類を上手に調整してくれるはずだ。あとは投げた賽がどう転がり、どの目で止まるか。
ヨアキムが宿泊する部屋の灯りを見ながら、僕は腰を浮かした。離宮に戻って休み、明日の作戦に備えないとね。そう思った僕がニルスとソフィを連れて歩き出したところで、お使いを頼んだマルスが駆け寄ってきた。
「陛下の仰った通りでした」
「ふーん、まだまだ底が浅いね」
見つけた証拠を移動させるか問うマルスに、すり替えを指示した。明後日にはヨアキムは引き上げる。問題を起こすのはその前か、その後か。お手並み拝見と行こうか。
くつくつと喉を震わせて笑う僕に、ニルスが呆れ半分に声をかけた。
「陛下、お人が悪いですよ。回収してしまえば良いではありませんか」
「それじゃ楽しみが減るだろう? 久しぶりの客人をもてなさないのは失礼だし」
ソフィはどちらにも味方せず、曖昧な笑みを浮かべていた。うん、その姿勢は正解だね。
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