117.どちらの策士も策に溺れる

 早すぎる時間の朝食を終え、トリシャとソフィに休むよう伝えた。隈は酷くないけど、目がとろりとしてる。そんな色っぽい顔で出歩かれたら、僕の心臓がもたないよ。護衛がいくらいても足りないし、護衛が送り狼になりそうだからね。


 大袈裟だと笑う彼女達を見送り、僕は執務のために本宮へ向かった。昨夜放り出した書類を処理しなくちゃいけないし、双子の騎士を交えて相談しておきたい。執務室の扉をくぐり、僕は愛用の椅子に腰を下ろした。正面に立つ3人の側近に、ソファを勧める。


「マルスとアレスには、説明が必要かな?」


 肘をついて顎を乗せた僕の前で、事情を掻い摘んで説明するニルスの声に耳を傾けた。聞くともなく流す言葉に、ふと違和感を覚える。おかしい。断罪した国王の代わりに選んだくらいなら、それなりの切れ者だろう。いきなり帝国の大公の婚約者に懸想した? 僕の大切な小鳥の世話役を奪う利点は?


 僕があの男の立場なら、どうしたか。属国の王の立場で、帝国の皇帝は圧倒的強者だ。美しい伴侶を得た皇帝は彼女を守ることに夢中だった。足元から見上げたなら、何が見える。どこから突き崩せばいいか。


「ふふっ、そういうことか」


 僕が突然笑ったので、ニルスが怪訝そうな顔をする。双子達は姿勢良く座ったソファから身を浮かせた。そんな彼らに座るよう指先で指示し、口元を緩ませた僕は彼らの正面のソファに座り直す。近い距離で、信頼する側近達に予測を共有した。


「なるほど……逆の視点ですか」


「新兵の部隊から崩す。基本ですね」


 マルスとアレスが納得した様子で頷く。無言であれこれ検討していたニルスが、苦笑いした。


「崩しやすいと判断されたのは、私の教育が足りなかったのでしょうか」


 ソフィの教育を担当したニルスは、申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや、よく見抜いたと敵を褒める場面だね。僕の側近は崩せないと判断したら、残るはソフィしかいない」


 僕の足元を崩すか、この皇帝の座を狙うなら……側近を取り込むのが早い。結束が固く崩せない一枚岩に、新しい傷を見つけたら? そこから突き崩そうとする。トリシャに近づけば僕に断罪されるから、彼女の側近に搦手を伸ばした。


 女性好きの噂も、僕らを混乱させ錯覚で間違った回答へ導こうとする意図を見抜けば、違和感しかなかった。本当に噂になるほど女を使い捨てる男なら、国王の候補に上がるわけがない。万が一名を連ねても、選考段階で落とされるよね。なのに、ここまで駆け上がった。その手腕を考えたら、女好きが本当でも隠し通すくらいの技量がなければおかしいんだ。


「断って終わりにするつもりだったけど」


「畏まりました。私が手配いたします」


「うん。ソフィを傷つけないようにね。トリシャが気にするから」


 悪巧みを終えた幼馴染と親友達の前で、大きく伸びをしてソファに寝転んだ。


「ごめん、少し……寝る……」

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