116.罠を仕掛けてみようか

 夜通し話し合い、紫に染まる夜明けの空を見上げて溜め息をついた。一方から見た見解だから正しいか分からないが、アースルンド国王のソフィへの求愛を認めるメリットより、彼女が消えるデメリットの方が大きい。


 僕は自分勝手な皇帝だからね。自分のデメリットを我慢してまで、他人の利益を図ってやる親切さはない。傲慢で結構、トリシャ達の出した答えを聞いて判断する。ニルスもそれに賛同した。


「おはようございます、エリク。お話し合いは終わりましたでしょうか?」


 リビングで合流したトリシャは、少し眠ったのだろう。目元は思ったほど隈もなく安心した。ソフィの顔色も悪くない。ニルスと僕は挨拶をして席についた。普段から使用する円卓は、人数が増えた時は便利だ。


「先にトリシャの結論を聞いてもいい?」


「私はソフィに側にいて欲しいです」


 今まで自らの望みを口にしなかったトリシャが、やっと望んでくれた。驚きに見開いた目を細め、穏やかな笑みを浮かべて頷く。


「うん。ソフィは?」


「私も同じです。姫様に仕えるのが望みですから」


 きっぱりと迷いなく、王妃の座を蹴る。その潔さは好ましいね。帝国の公爵位を与えたのは、他国の王侯貴族と張り合うためだったけど、彼女自身が拾い物だった。突然貴族社会に放り込まれるソフィは、元が貴族令嬢というわけではない。幼い頃から身につける様々な礼儀作法や所作を、一から学んだ。


 ニルスの助けがあるにしろ、見事の一言に尽きる。その上、王妃という餌をぶら下げられても揺るがない忠義心――文句の付けようがないよ。


「エリク、お断りは可能ですか」


 貴族令嬢として躾けられ育てられたからこそ、政略結婚の意味を理解するトリシャは、心配そうに表情を曇らせた。ああ、何も不安にならなくていいのに。


「もちろんだ、きちんと断るよ」


 ほっとした様子のトリシャとソフィを含め、4人で朝食を摂る。これは初めてだけど、たまには悪くないね。卵を割って半熟の身を掬い、トリシャに差し出した。照れて真っ赤になった顔で、スプーンから卵を食べるトリシャに微笑む。


 あの男は有能さで抜擢された。女好きという噂をもう一度調査し直させたほうがいいか。もしかしたら、誤解させて混乱させる作戦かもしれないな。有能さをアピールしつつ、欠点をひとつ作ってみせることで、操りやすいと錯覚させる。その手法は高度な駆け引きだけど、その分だけ効果が高かった。


 表に見える部分だけを評価する気はないけど、誘われた方へ素直に向いてやる義理もないね。なんとなく、読めてきた気がする。


 ヨアキムが望むのは――僕の首か、皇帝の座のどちらか。最終的に手に入る成果は同じだけど、僕自身に恨みがある可能性と地位を欲した権力欲の違いだけ。ひとつ、罠を仕掛けてみようか。


 単純に引っかかる可能性はないが、二重三重に策を弄するのは僕も得意なんだ。ゲーム盤の遊戯のように、命を賭けた国盗り物語を楽しもう。僕を退屈させないでくれよ、ヨアキム。

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