115.幸せは本人が決めるもの
トリシャが狙われなくてよかった。流石にそこまで愚かな男ではないみたいだ。安心した反面、ソフィに飛び火した状況に悩む。ニルスが婚約者だと言い張って場を凌いだが、簡単に引き下がらないだろう。
将を射るために馬を狙ったのか。それとも最初から馬が目当てだったのか。例えは悪いが、どちらにしても僕が動ける案件ではなくなった。ニルスのお手並み拝見と行こうか。もちろん手助けはするし、僕にとってもトリシャの専属侍女の件は重大だ。しかし皇帝が直接口を挟んだら、今後のソフィに影響が大きいからね。
薔薇の香りに包まれた石廊下を歩く。両側に広がる薔薇は、やや散り際だった。季節が変わるタイミングで、今はまだ花が持ち堪えている。
「ソフィを王妃にと……望んでくださったのでしょうか」
腕を絡めたトリシャの呟きは、迷いが滲んでいた。大切な友人であり、いつも身近にいてくれる侍女という存在はトリシャの支えだ。ソフィが幸せになれるのなら、自分から手を離すべきではないか。王妃は望んで得られる地位ではないから。王太子妃候補だったトリシャは、その厳しさを知っている。困ったような顔で微笑もうとして失敗した。
かなり不安定になってるね。
「僕はトリシャが一番だから、君が嫌ならこの話はなかったことにするよ」
僕の権限で、ソフィは国外に出さないと宣言するのは簡単だった。今まで僕が部下や配下にそこまで干渉したことはない。トリシャの不安を拭えるなら、その慣習を破ってもいいと考えていた。
「ソフィが……幸せになるなら、私は」
「ソフィの幸せは本人が決めることだよ。それにニルスも手放したくないみたいだったし。あの2人はお似合いだと思うけどね」
ぎゅっと僕の腕に絡むトリシャの指に力が入る。怖いんだろう? 僕がニルスを失いたくないと思うように、君もソフィと一緒にいる未来を望んだ。それは口にしたら叶う願いなのに、君は我慢しようとするんだね。
「トリシャ、不安ならソフィに打ち明けてごらん。僕も今夜、ニルスから話を聞くから。明日の朝、ソフィと話した結果を教えて欲しい」
僕がお願いした形を取ったら、君も気兼ねなくソフィに聞けるだろう? その上で結論を出したらいい。2人で話し合って出した結論に、僕もニルスも従うから。
歩いてきた石廊下が終わり、離宮の玄関ホールで足を止める。トリシャの顔色が少し悪い気がした。青みがかった銀髪が触れる頬を指先で撫でる。冷えてしまったかな。
「お風呂で温まって、それからソフィと話をして。明日はゆっくりでいい。考えがまとまったら僕を呼んでくれる?」
「もちろんです。ありがとう、エリク」
微笑んだトリシャを部屋の前に送り、少し離れて付いてきたソフィの背を押した。複雑そうな顔のニルスを手招きし、自室へ入る。
「さて、君の立てた予測と僕の読んだ状況の突き合わせをしようか」
「……わかった」
幼馴染の口調で返したニルスを引っ張り、ソファではなくベッドに座らせる。隣に腰掛けた僕は上着を脱ぎ捨て、靴も放り出した。苦笑して拾うニルスが戻ってくるのを待って、寝転んだ。
「これは4人とも徹夜かもね」
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