100.もう頂いています

 いつの間にか、トリシャとのお茶会は定例になった。僕の仕事がよほど詰まっていない限り、彼女が作った茶菓子を口にしながら過ごす。最初は焦げてしまったクッキーを隠そうとしたり、苦いプリンを処分しようとして見つかってたけど、今では問題なく美味しいお菓子が作れるようになった。


 彼女用の厨房を用意したことで、心置きなく練習できるそうだ。ソフィの報告によれば、午後のお茶会のために午前中からお菓子を作るのが日課になったという。失敗作は侍女や女性騎士が積極的に頂き、感想と改善点をトリシャに返す。いい関係が築けているようで、安心した。


 今日は飴細工を飾った小さなチョコケーキだ。飴細工は熱くて危険なので、ソフィが代わりに作っている。小さな花の飴細工が載ったチョコケーキは、艶があって綺麗だった。紅茶のカップより小さいくらいだけど、彼女がワクワクした顔をしている。


「機嫌がいいね、トリシャ」


「今日のケーキは凄いんです」


 にこにこしながら勧めるトリシャに微笑み、フォークを手にして端から割った。中からとろりと流れ出たのは、ラズベリー? 赤い果実のソースだった。手が込んでいるというか、仕組みが気になるね。


「これは確かに凄い。見事だよ、トリシャ。驚いた」


 手放しで褒めたため、トリシャが嬉しそうにしながら自分のケーキを割る。どのくらい練習したのかな。自分のために一生懸命お菓子を作る彼女が、愛しくて堪らない。お菓子を放り出して食べてしまいたい衝動を、ぐっと抑え込んだ。これはトリシャが作ったお菓子だ。残すことは絶対にない。


 甘いものを食べれば、襲いかかりそうな衝動も薄れるといいんだけど。丁寧に割ったケーキの表面は、ぱりぱりのチョコレートでコーティングされていた。本当に見事だ。本職になれそうだよ。僕専門のお菓子職人になっちゃいそうだけど。


「本当に見事ですね」


「うまくいって良かったですわ、姫様」


 ニルスが感嘆した声をあげ、微笑むソフィがトリシャに何かを差し出した。小さなカップに入った……液体のチョコかな? 首をかしげたものの、まずはケーキを一口。甘さとソースの酸味が絶妙に絡む。これは美味しい。


「うん、美味しい。また腕を上げたね」


「ふふっ、こちらも合いますよ」


 僕の皿に残ったケーキに、トリシャは色の濃いチョコを重ねがけした。チョコケーキなのに、またチョコレートを? 不思議に思うが、言われるまま切り分けて口元に運ぶ。鼻を擽るのは蒸留酒、ブランデーか。


 さっきよりしっとりしたケーキを口に入れた。酒を混ぜたことで味が変化している。目でも舌でも楽しいお菓子だ。これは完敗だった。何か褒美でも与えないと、僕の気が済まない。


「凄い。全然味が違う。これは絶品だ」


 先日の舞踏会に並んだ料理や菓子と比べても、まったく遜色なかった。いや、こんなに美味しい菓子があれば噂になりそうだ。


「トリシャの才能はお菓子作りで花ひらいたみたいだ。さて、お姫様。過分なおもてなしに何かお礼をさせていただきたいのですが」


 わざと臣下のような口調で提案すると、くすくすと笑うトリシャが「もう頂いています」と微笑んだ。

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