99.温情という因果応報

 トリシャに花瓶の水を掛けた御令嬢達は、それぞれに修道院へ送られたらしい。娘の生存を願う両親の嘆願が来ていたが、僕は許す気はなかった。まず修道院へ送ったというけれど、いつでも戻ってこられる。


 要は多少規律の厳しい寄宿舎に預けて、反省していますと示すだけ。僕が許したら即日受け出して、領地内の別宅にでも連れ帰るんだろう。予想がつくよ。


「……僕としては処分したいけど」


 ただでさえ属国の王族や国内の貴族を減らしすぎて大変なのに、これ以上仕事を増やしたら文官や武官に負担が大きい。だけど許す選択肢はない。時間を置いてから処断する手もあるが、見せしめの効果は半減した。何より、彼女らの両親はそれなりに功績がある貴族だった。できれば親は確保したい。


「仕方ないね、一度許そう」


 突然の僕の呟きに、報告して判断を待つニルスは口角を持ち上げて笑う。それから先は僕が言わなくても分かってるね? 悪戯っ子の笑みで肘をついて見上げる先で、ニルスは淡々と未来予想図を描き始めた。


「陛下がお許しになれば、彼女らの親もさぞ感謝することでしょう。忠誠心が高まりますので、良いことです。たまには温情も必要ですから」


 飴と鞭、上手に使い分ければ飴の価値が高まる。


「ああ、でも不幸なことですね。領地へ向かう彼女らの馬車が事故に遭ったり、盗賊に襲われるのは……非常に心が痛む出来事です」


「そうだね。でも因果応報という言葉もあるし、仕方ないんじゃないかな」


 ここで話は終わりだ。救いに来る白馬の王子様は存在せず、両親や元婚約者が駆けつけてくれることもなく、衛兵達がみつける可能性もゼロだった。ただ僕は手を動かして署名するのは、ニルスが描いた未来予想図に繋がる白紙の末尾だ。


「あとは任せるよ」


「承知いたしました」


「弔いの手紙は準備しておいてくれ」


「畏まりました」


 懐中時計を取り出し、時間を確認する。傷だらけの蓋を開けて文字盤を見ると、すぐにしまった。慌ただしくペンを手に、目の前の書類を引き寄せる。


「トリシャのお茶会に遅れてしまう。処理待ちはあと何枚ある?」


「その15枚ほどで終わりです」


 ほっとして手元の書類に目を通す。許可するものには署名押印を、却下するものは大きくバツを書いて返却扱いにした。文官に権限を持たせたことで、かなり書類の枚数は減った。報告書を提出させて内容を精査することで、時間に余裕が生まれる。


 これなら結婚後に少しばかり引き籠っても平気そうだ。以前の仕事量じゃ、抱かれた後疲れて眠る彼女を置いて仕事をするようだからね。今のうちに手を打っておけば、結婚式後は自由時間が取れる。


「陛下、お気持ちはわかりますが……悪い顔をなさっておりますよ」


「気をつける」


 表情を引き締めて仕事を終わらせた僕は、トリシャとのお茶会のため急いで離宮へ帰った。

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