98.僕に似たなら仕方ないね
昨夜はあまり眠れなかった。でも寝覚はスッキリしている。夢にトリシャが出てきたんだ。僕の手を握って微笑み、大好きだと言ってくれた。あれは正夢になるに違いない。
機嫌よく朝食を一緒に食べ、トリシャの顔色の良さにほっとする。もし彼女が風邪を引いたりしたら、すぐに医者を手配しなきゃならないからね。
「これからお仕事ですか?」
「そうだよ。トリシャは何をするの?」
「午前中は読書をしようかと。実は読みかけの本があるのです」
彼女が見せてくれた表紙は、最近話題の恋愛小説だった。侍女や貴族令嬢に人気の作家だっけ。聞いたら、ソフィのお勧めみたいだ。楽しんで過ごせるならよかった。
「エリクにお時間があれば、午後はお茶の時間をご一緒出来たら……」
「もちろん、お茶の時間に合わせて仕事を終わらせるから。お茶菓子の選択を任せてもいい?」
トリシャは自分で何かを決めたり選ぶことも好きみたいだ。負担にならない範囲で、彼女にそういった選択肢を与えるのは大切だよ。だって籠に閉じ込めた愛らしい小鳥であっても、トリシャは一人の女性なんだから。
「あの、それでしたら……自分で作ってみたいのです」
驚いた。少し考える。調理場は火も使うし、刃物もある。菓子作りで刃物はあまり使わないと思うけど、果物を切ったりするかもしれない。ケガの心配を考えたら反対したかった。でも期待の眼差しに負ける。
「今日は諦めて。厨房の警備が間に合わないからね。でも……そうだな、僕もトリシャの手作りが食べたい。ソフィに言って準備させよう」
「ありがとうございます」
新しいことにチャレンジするのはいいこと、だよね。ちらりと確認の視線を向けた壁際で、ソフィは穏やかに微笑む。ニルスは小さく頷いて肯定した。どうやら選択を間違わずに済んだみたいだ。
執務室に入るなり、僕は厨房を新たに準備させることにした。料理人が刃物を持って歩いている現場に、可愛いトリシャを連れて行くわけにいかない。新たに空き部屋を潰して準備させるよう手配した。その指示が終わるのを待って、ニルスが報告書を開く。
「ではご報告申し上げます」
穏やかな口調でニルスが読み上げるのは、舞踏会で無礼を働いた連中の処分についてだった。
「スヴェントの王族は交代とし、王弟だった公爵家が跡を引き継ぎます。元国王一家は、塔への幽閉処分としました」
「甘いね」
「もう一段階厳しくしますか?」
無言で頷く。これで元国王と元王太子の処刑が決まった。王妃は塔に幽閉でいい。どうせ国内の貴族から嫁いだのだろうし。トリシャに無礼を働いた罪は、いつもより重く裁かないと意味がない。僕自身への無礼以上に、トリシャへの無礼は咎められると周知する必要があった。
「元皇族であったユリウスですが、斬首。首はすでに晒しております。煽った宰相ですが、屋敷地下に隠した金塊を回収に来たところを捕縛。現在は地下牢の特別室です」
入ったが最後、生きて出られない地下牢の特別室。いわゆる拷問部屋だ。洗いざらい事情を白状すれば、楽に早く死ねるだろう。
その後も舞踏会でトリシャに失礼を働いた王侯貴族の顛末を確認し、差し出された書類に承認の署名を施した。事後報告だけど聞いたよ、という形を残す儀式だ。
「あいつらは?」
ローゼンタール公爵家の3人の名称を口にするのも腹立たしい。先ほどの報告書になかった。そう告げる僕に、ニルスはにっこりと笑う。
「先日の舞踏会で口になさったように、姫様への非礼を身をもって体験しておいでです。もちろんすぐに楽には致しません。姫様と同じ年月を苦しんで同等、お詫びをするなら倍の年月は苦しんでいただく必要がございますね」
……僕の執事はこんなに血生臭い考え方してたかな? ああ、僕に似たのか。じゃあ仕方ないね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます