96.君のための薔薇だよ

 トリシャのクリーム色のドレスと僕のシャツは同じ色にした。揃えたことに気づいたトリシャが頬を染める。照れる彼女が可愛い反面、きっと初めての経験なんだろうと嬉しくなった。憐れむなんて失礼なことはしない。あのバカで愚かな王太子のおかげで、トリシャの初めては僕の物になるんだから。


 嬉しい以外の感想なんて持ちようがなかった。だから微笑んで彼女の腕をしっかりと僕の腕に絡める。散歩の時間は多めに取ったから、ゆっくりできるね。トリシャの歩調に合わせて、少しずつ進んだ。


 舞踏会で踊り過ぎたのか、つま先が痛むみたいだ。隠しているけど、ソフィの報告もあったし……普段より足を踏み出す歩幅が小さい。いっそ抱き上げて移動したいけど、トリシャの足腰が弱っても困る。何より、彼女は足が痛いことを言わなかった。僕に気づかれたくないんだろう。


 ふふっ、一緒の散歩を僕が取りやめるとでも思ったのかな? 可愛いね。だから帰りは僕の我が侭で彼女を抱き上げるつもりだ。これは僕のやりたいことだから、トリシャが拒んでも聞かないよ。傲慢な皇帝で結構、こういうときに悪名を上手に利用しなくちゃ。


「トリシャ、東の庭の……ほら、あの場所をみて」


 赤や黄色の派手な色が並ぶ庭の一角に、明らかに色の違う薔薇が混じっている。本当なら景観を重視して色が違う物は分けるんだけど……試験的に育てる薔薇をこの位置に配置させた。僕が離宮から通う時に見える場所で、執務室の足元だ。出来るだけ近くで育てたかった。それにこの東の庭なら、トリシャにバレちゃう心配もなかったし。


 離宮からは本宮が陰となり見えない場所は、やや日陰だ。青や紫の薔薇は日差しに弱いからね。庭師がつきっきりで育てた品種――ベアトリスと名付けた新種だった。


「あの色は……っ、もしかして私の?」


「そう、トリシャの色を再現しようとしたんだよ。青と白を掛け合わせて髪色を再現した上で、紫を交配させた。最後にトリシャの瞳の色を思わせる濃桃を入れたくて、庭師に苦労させたけどね。綺麗だろう?」


「はいっ、とても美しい、ですわ」


 涙ぐんだトリシャの眦に唇を寄せる。ちゅっと音をさせて涙を散らし、寄り掛かるトリシャの重みを心地よく感じながら薔薇を見つめた。徐々に色が変わる薔薇にしようと提案したら、青が消えてしまうと庭師が難色を示したんだ。だからピンクの差し色を入れるよう変更した。


 白に赤い筋が入る薔薇は存在するので、青や紫を交配した薔薇なら濃桃の筋が出る筈。素人考えで提案したけど、成功してほっとしたよ。庭師には伯爵位と皇宮の薔薇に関する権限を与えた。報酬がそれだけでいいなんて、謙虚だった。平民出身者は総じて謙虚だけど、実力に階級は関係ないからね。これからも保護していく予定だ。


 近くで見ようと提案して、薔薇の脇まで降りていく。双子やソフィはいつもより距離を空けて止まった。覗き込んだ薔薇に手を伸ばしたトリシャが、顔をしかめて手を引く。絹の手袋に赤い血が滲んだ。


「刺してしまったの?」


「あ、平気ですわ」


「見せて」


 絹の手袋をそっと外し、僕はその傷口に舌を這わせる。ちょっと痛むだろうけど、吸った血をハンカチに出した。薔薇の棘は毒があると、後で指が腫れてしまう。理由を聞いてもトリシャの赤い頬は色が引かなくて、可愛い彼女を腕の中に閉じ込めた。


 薔薇の棘に覆われた場所で、身じろぎすら制限されるほど……こうしてトリシャを腕の中に閉じ込めたまま、僕も籠ってしまいたい。手袋を戻して散歩の終わりを告げる。名残惜しそうなトリシャに「後で薔薇を届けさせるよ」と囁いて抱き上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る