95.国を治める者の資格

 帝国貴族の3割を処断し、属国の王族も半分近く入れ替えた。これで落ち着いたと思えば、今度は手が足りないという。どの国も貴族が慣習的に同じ役職を引き継いできたため、他家の者が仕事を知らない。そう言われ、元の貴族を釈放するよう要請する嘆願書が来た国に、我が国の文官を派遣した。


 帝国は属国の頂点に立つけど、手取り足取り面倒を見てやる義務はない。彼らが帝国に要請するなんて、何か勘違いしてるんじゃないか? にやりと笑った僕は文官と武官を派遣する書類に署名した。これを送られた国が受け入れれば、それは権利の放棄を意味するんだけど。


 送ってきた2カ国へ送付するよう手配し、ニルスは派遣する予定者のリストを提示した。目を通して問題ないので許可を出す。記された文官の7割が平民、残りも子爵家が最上位という内訳だった。武官に至っては、9割が平民なのだが……もちろん実力に応じて選んでいる。


「要請が新たに追加されましたので、こちらも対応しておきます」


「任せるよ」


 2カ国が要請した話を聞き、追従する他国が出た。誰が送られてきても難癖をつけるんだろうね。でも完璧な実力主義で選んだ彼らの目的は、属国の立て直しじゃない。そこに気づいた時は遅いけど。この程度の駆け引きも理解できないなら、国の頂点に立つ資格はなかった。だって国民の命を預かる立場なんだから、誰より優秀で当然なんだ。


「全部でいくつ?」


「6カ国になりました」


 ふーん。直轄領が増えるね。統治に成功した平民を王族にする形で任せよう。僕の政の方針として、信賞必罰がある。功績を挙げればそれに報い、罪を犯せば罰する――ただそれだけなのに、貴族という生き物は理解しなかった。功績ある家柄? それは先祖が偉かっただけで、自身の手柄ではないだろうに。


 これは僕にも該当する話だ。愚かな皇帝ならいつか首を斬られる。しっかり足元を固め、使える者を優遇し、トリシャとの未来を守らなくちゃね。今回の申し出を行った6つの国は、王侯貴族の入れ替えが決定した。


 僕が指示しなくても、もう動き出している。ニルスは子飼いの文官達を送り込むつもりだった。肘をついて、手にしたペンを置く。


「今日の予定は?」


「お昼の後は時間を空けました」


 余計なことを言わず、きちっと仕事をこなす有能な側近に、僕の表情も綻ぶ。白薔薇の庭もお気に召したようだし、今日は別の薔薇を見せようか。東の庭に赤や黄色の薔薇が咲いていたね。立ち上がって昼食に向かう僕の気持ちは明るい。


「トリシャのドレスと同じ色のスカーフ……いや、シャツを用意してくれ」


「承知いたしました」


 ニルスが一礼して離れる。ソフィに話してドレスの色を合わせると思うけど、その辺は任せよう。リビングの扉を開いた僕は、薔薇より美しく気高い姫君に一礼する。


「お待たせ、トリシャ。午後は東の庭にある薔薇を見に行かない?」


「喜んで」


 微笑むトリシャと円卓を囲み、以前より食べられるようになった彼女の食事を見守った。

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