94.白薔薇の下には秘密が埋まる

 秘密話や悪口で盛り上がるのに、宮廷の廊下ほど不用心な場所はない。貴族にとって使用人は家具同然だろうが、その中に他家の刺客が入っているかも知れない。そうじゃなくても、色々な者が通る場所だった。


 頬を赤く染めるトリシャは余韻を楽しむように微笑み、余計な発言をしなかった。僕もそんな彼女に見惚れていて、声を出さない。見つめ合うだけで通じ合う時間に、言葉なんて無粋だからね。分厚い絨毯は物音を立てず、僕と双子の騎士の足音を消した。


 ニルスとソフィはまだ会場に残している。皇帝不在であっても、まだ夜会は終了していなかった。上位貴族が全員退出は困るからね。少ししたらトリシャの着替えのために、ソフィだけ帰ってきそうだけど。


 離宮へ向かう道を外れて、薔薇の庭園が見える廊下へ足を向けた。この庭に広がる白薔薇が満開の季節だ。せっかく外に出たんだから、トリシャの目に美しい物を見せたかった。月光が降り注ぐ庭は見事だろう。僕は昼間より夜の方が綺麗だと思うけど、トリシャはどうだろう。


 角を曲がった瞬間、聞こえたのは良くない響きだった。


「皇帝があの程度の女に惑うとは」


「まったくだ。我らの計画が台無しだ」


「見たか? スカーフと同じ色のドレスを与えていたぞ」


 咄嗟にトリシャの耳を両手で覆う。まったく、どうして貴族というのは愚かなのか。生まれた時から苦労せず、地位が約束されているからいけないのかもしれないね。僕のようにいつ殺されるか、警戒しながら育てばマシになるかな? いや、もう貴族の称号を一代限りにしてしまおうか。親の地位を継ぎたければ、相応の実力を見せるよう制度を整えて……。


 現実逃避を兼ねた僕の頭はフル回転し、一周して怒りが戻ってきた。スカーフと同じ色のドレスを与えたんじゃなく、僕がトリシャのドレスの色のスカーフを身につけたんだよ。これは帝国の暗黙のルールだ。僕がトリシャに贈ったドレスと同じ色を身に纏うのは、愛情を乞う求婚の証だ。逆に僕の持つ色をトリシャが身につければ、愛情を受け入れる覚悟を示す。


 青いドレスは僕の瞳の色を纏うトリシャの覚悟、その後に着替えたラベンダーを僕がスカーフとして身につけたのは、僕の愛情の深さだった。勘違いも甚だしい。誰かが引っかかるとは思ったけどね。


「アベル、カイン。抜いていいよ」


 わざと声に出して許可する。こちらに背を向けた3人の貴族が、慌てて駆け寄ろうとした。言い訳を並べるつもりだったんだろうけど、僕はトリシャの耳を塞いだ手を離し、きょとんとした顔の彼女の手をとって回る。


 惨劇をわざわざ見せる必要はない。だから僕の胸に顔を埋める形で、トリシャを閉じ込めた。


「ごめんね、まだゴミが残ってたみたい」


 囁いた声にびくりと身を震わせたトリシャは、先ほどの無礼な発言を聞いていなかったらしい。真っ赤になった頬に口づけ、彼女の耳をそっと塞ぎ直した。


 無言で片付けた2人に頷き、トリシャの耳を覆う手を外して唇を寄せた。ちゅっと音をさせてキスを贈り、彼女の意識をそちらに誘導する。


「こっちの庭を通ってから薔薇を見よう」


 血塗れの廊下を見せないため、ルートを変更する。即座に剣の血を拭った双子は、何もなかったように警護に戻った。白薔薇の庭はトリシャのお気に召したようなので、来年のために離宮から見える場所にも植えようと思う。

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