71.明後日でいいよね?

 法律書を渡すついでに、トリシャにソフィの貴族家継承の話を持ちかけた。


「公爵、ですか?」


 まあ……口元を手で押さえて、驚きを露わにする。美しい濃桃の瞳が細められた。少し口元が緩んでいるみたいだね。君が喜んでくれてよかった。


「ありがとうございます、エリク」


 僕の頬にキスでもしてくれたら、お釣りも出せるよ。そう思うけれど、そこで恥じらってもじもじする君も見てみたい。葛藤しながら頷くと、躊躇いながら、隣に腰掛けた僕の膝に手を置いて肩に頭を預けてくれた。


 いつの間にそんな手管を覚えたの? 疑問に思った僕の前で、トリシャがちらりとソフィを見る。頷く侍女……ああ、そういうことか。ソフィに「もっと皇帝陛下に甘えていいのですよ」と言われたようだ。あとで報告書を読めば載ってそうだね。僕がいない間の出来事も知っておきたいから、影の者に記録を取らせてる。もちろん担当は全員女性に限定した。


 毎朝、前日のトリシャの行動が届けられる。その報告書で得られる情報は、本当に貴重だった。属国の国王が浮気した話より、トリシャがどの焼き菓子を選んだかの方が重要だ。たとえクーデターで属国がいくつか敵の手に渡ったとしても、その報告より先にトリシャの睡眠時間の確認の方が重要だった。


 世間で起きた出来事や属国の動向なんて、把握が少し遅れても対処可能だ。そうなるように仕組みを作った。過去の皇帝達のように、全部自分で管理しようなんて馬鹿な考えはない。ある程度は下の者に裁量権を与え、管理させる。その上で、管理者を僕やニルスが監視すれば大抵の問題は解決できた。しかも管理者を置くことで、僕のところまで上がってくる書類の量が激減したんだよ。


 トリシャと過ごす時間を増やすためにも、有能な部下を手足として集める努力は怠らないけどね。最近は貴族を切り捨てて、平民出身者に切り替えている。大改革とか呼ばれて、一部の貴族から非難が出ているみたいだけど……貴族だから切り捨てたわけじゃない。無能な奴を切っただけなんだ。騒ぐことは無能とイコールなのだと、いい加減気づいた方がいいよね。


「ソフィ、おめでとう。これで貴女を馬鹿にする人はいなくなるわ」


 今の言葉は少し気になるね。誰か、ソフィに余計な発言をした貴族がいたのか? 彼女を監視した報告書も読んでおこう。なに、今夜の睡眠時間を削れば足りるさ。トリシャのためだから苦にならない。


「ソフィ、聞いての通りだ。この帝国の公爵家の籍を与えよう。今後の働きに期待するよ」


「かしこまりまして。有り難く拝命いたします」


 領地の他に公爵家の屋敷もあったけど、あれも一緒に渡しておこう。いざというときに、トリシャを連れて避難するのにぴったりだ。離宮に部屋を与えたとはいえ、ソフィにも自宅は必要だろう。


「目録は明日渡すよ。それで……称号と貴族籍の授与なんだけど、明後日でいい?」


「え? エリク、早すぎませんか」


「もう手配は済ませたから、衣装も用意するし心配しないで」


 断る余地を与えない僕の決定に、トリシャは困惑した様子で頷く。ソフィは動揺しないのか。そう思ったら、立ったまま気絶していた。

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