72.飾りを選ぶ片手間に国を回す

 忙しく案件を捌いていく。時間をかける価値がない事件は即断即決、代わりにトリシャの靴に付ける飾りを1時間ほど悩んだ。やはり花より伝統的な模様だろうか。靴の一部分にこだわり、じっくり悩んで結局花を選ぶ。当初の案に戻っただけだった。


 ソフィは貴族としての礼儀作法を身に付けさせるため、明日から数日はトリシャ付きから離れる。その間は僕とニルスがカバーするし、彼女は新しく受け取った法律書を読むのに夢中だった。勉強熱心だけど、夜に読み耽らないように手を打たないと。本を僕が預かればいいかな。


 細かなことから全体の流れまで、トリシャに関することは妥協しないし譲らない。だけどそれ以外の部分、国ごとの予算配分や戦絡みのやり取りは文官達に任せた。監視はさせているけど、ある程度彼らにも仕事を振り分けないと、この巨大な帝国は回らない。


 つい先日も属国でクーデターがあった。僕がトリシャと出会う旅行の最中に、我慢しきれなくなった民が動いたようだ。主犯はすぐに捕まったけど、殺さずに聴取を行った。その結果、国王を含む一部の貴族による搾取が判明する。これは文官が気付けなかったか、賄賂をもらって口を噤んだか。その辺の事情を調べるのは、ニルス子飼いの子達の仕事だね。


 自分の懐を満たすために、必要以上の増税と負担を国民に強いた罪で、国王以下20人ほどの貴族は首を落とした。王国の新しい領主は、すでに帝国から派遣されている。クーデターの首謀者は可哀想だけど、重罪だから死罪。ただ情けを掛けて毒杯による処刑とした。彼は偶然、毒が効かなくて生き残り……打ち捨てられた草原から仲間に回収されたけどね。


「陛下、昼食の準備が整いました」


「ありがとう、今いく」


 ニルスの声かけで書類処理を中断し、2階へ登る。奥から2つ目の扉を開いて、リビングで待つ小鳥に目を細めた。愛らしいトリシャの本日の装いは、白に近いグレーのワンピースだ。裾が長く足首を覆うので、ドレスと呼んで差し支えないかもしれない。だが室内で寛ぐ読書用の姿なので、余計な飾りやベルトのない気楽な服装だった。トリシャは着飾っても素のままでも可愛い。


「待たせちゃった?」


「いえ、この部屋で読んでいましたから」


 寝室ではなく、リビングにいたのだと言われ驚く。邪魔にならないなら、僕も隣で書類確認をすればよかった。髪をゆったり背に流したトリシャをエスコートし、円卓に腰掛ける。


 以前の僕は昼食を摂らなかったけど、今はトリシャと一緒に食べることにした。急な仕事が入らない限り、この時間は予定を空けている。


「ソフィの授与式が明日の理由をお伺いしても、構いませんか?」


 ずっと気にしてたのかな。肉や魚を取り分ける僕の手が止まったタイミングで、トリシャは真っ直ぐに僕を見つめて尋ねる。言葉は遠慮がちなのに、その眼差しは答えて欲しいと強く訴えていた。


「いいよ。説明しようか」


 手元のパンを千切り、空の取り皿の上で2つに分けて並べた。ちょっと行儀が悪いけど、いいよね。


「帝国の勢力は大きく2つ、皇帝支持派と新皇帝擁立派だ。皇帝支持派のトップはニルスや双子、逆に新皇帝擁立派は公爵や侯爵など上位貴族。その一角を切り崩す目的もあって、ソフィは公爵なんだ。トリシャのお披露目で彼らは何かを仕掛けてくる。それまでに、トリシャの大切な専属侍女ソフィに、身を守る肩書きを与えておく必要があるんだ」

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