69.トリシャの努力次第だよ
この辺の事情は、以前にニルスが聞き出した。公爵家での食生活は、平民の侍女と変わらない水準だったらしい。果物や野菜は最小限、雑穀の粥が中心だ。甘い物も制限されていた。だから最初の頃、彼女は大量のお菓子に困惑していたのだろう。
入手したソフィが甘い物をくれるのは、1週間に1度くらいだった。食べ慣れないお菓子は、彼女にとって贅沢品だ。あまり手にとらないから好きではないと思ってた時期もあるけど、単に慣れない味に手を出さなかっただけらしい。
今はソフィとのお茶会に甘い菓子をふんだんに用意して、食べた量も管理しているから平気だけど。ああ、そうだ。公爵達の行方も追わせていたっけ。あの夜会から逃げ出した公爵夫妻と義理の兄弟は、きっちり仕置きをしないといけないね。
知らない間に僕のトリシャが、ひもじい思いをしたなんて。甘いお菓子も果物も……まともな食事すら与えずに育てられた。トリシャの遠慮がちな性格もその辺が原因かな。気の強さは好ましいけど、あの遠慮が過ぎるところは徐々に直していく必要がある。今後は皇帝陛下の妃になるのだから。
「ソフィには帝国貴族の地位を与えることにしたよ。君が信頼する大切な侍女だから、軽んじられたら腹が立つからね」
「本当……ですか? でも、貴族になったらソフィは侍女じゃなくなりますね」
少し寂しそうに友人であるソフィの幸せを願う。貴族として会うことは出来ても、気安い関係ではなくなる。ずっとそばにいてくれた家族を失うような感覚だろうか。僕がニルスを引き離されたら、同じように感じたかも。
「別に貴族の肩書と仕事は別に考えればいい。ソフィが仕事が嫌だと言えば仕方ないけどね」
「私はお金や褒美のためではなく、姫様に仕えられて幸せです。このままの状態を望みます」
壁に控えていたソフィの言葉に、トリシャは感激して泣き出してしまった。泣きじゃくりながら「働かなくてもいいお金や地位が手に入るのよ」と、奇妙な説得をしている。自分に仕えることが幸せと言われても、虐げられてきた彼女は実感できないみたいだ。
困った顔をするソフィの視線を受けて、僕はハンカチで彼女の涙を優しく拭う。触れて涙を染みこませながら言い聞かせた。このお姫様は自分のせいで、ソフィの幸せを邪魔していると思い込んでる。常に「お前が悪い」と罵られて育てられたら、心は傷ついてしまう。
過去にトリシャが暮らしていた環境を思い浮かべ、僕は溜め息を吐いた。報告書は徐々に鮮明になって、今ではその場で見ているかと思うほど詳細になった。そろそろ情報収集をやめさせて、公爵家の追っ手に人を割くことにしよう。
「ソフィは君と一緒にいたい。トリシャもソフィが好きだろう? 彼女はお金があっても、働かなくていい環境でも、トリシャの近くにいるために侍女を続けると言ってる。それは主君として受けるべき忠誠じゃないかな? それに……皇妃の筆頭侍女の地位を高めるのはトリシャだよ」
「……高める?」
興味を惹かれた彼女に、小さな課題を提示した。
「皇妃になったトリシャが侍女のソフィを大切にすれば、誰もが彼女を尊重する。意見も聞いてくれる。そこに貴族の肩書きや資産があれば、ソフィを幸せにしてあげることが出来るだろう? それはトリシャの努力次第だよ」
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