68.醜い欲は小鳥には早い

 小食なトリシャも、ダンスのレッスンをした日は食べる量が増える。健康でいてもらうために、他にも体を動かす機会を用意しようか。何がいいかな。散歩はすでに日課だから、他に考えなくちゃね。


 一般的な貴族令嬢はお茶会して、うろうろと出歩く子もいると聞くけど……トリシャをこの鳥籠から出すのはまだ早い。絶対に僕のところに帰ってくるようになるまで――違うな。僕のところ以外帰る場所がなくなってからでなくちゃ。


 剥いた果物をあーんで食べさせながら、僕は明日からの計画を練る。トリシャに毒を盛ろうなんて愚か者は、早めにこの世界から退場してもらわないと。可愛い小鳥が食事を怖がるようになったら、一族郎党の首を吊るしても足りない。僕の兄弟だから、もう他に吊るす親も兄弟も残ってないけどね。


 本当はダンスで疲れたトリシャの体をマッサージしてあげたいけど、さすがに婚約者でも叱られそうだ。それにトリシャの素肌にタオル越しに触れて、僕が我慢できると思う? まず無理だよね。絶対にタオル剥いで襲うから。


 結婚まで清い体でいるなんてルール、誰がこの世界に作ったのさ。王侯貴族なら当たり前、理屈はわかるよ。王族の妃が他の男の子を宿して結婚したら、生まれた子が誰の種かわからなくなる。かつてはそういう事故もあったんだろう。成長して父に似ない子供は不幸でしかない。わかるし、僕のトリシャが清いままでいてくれたのは、貴族令嬢の肩書きのお陰だと納得してる。


 でもね……婚約者なら肌を重ねてもいいんじゃないか? トリシャの場合は鳥籠から出られないんだから。わかってる、僕が我慢すればいい。トリシャを貴族令嬢として、皇妃の地位に就けるなら純潔じゃないとマズい。あとで余計な横槍を入れられたら嫌だからね。


「エリク? 疲れてしまったのですか」


 覗き込むトリシャの美しい銀髪が揺れる。しゃらんとガラスに似た音がしそうだ。触れると猫の毛に近い柔らかさで指に絡む髪は、室内だから紫が強く出ていた。


「綺麗だよ、トリシャ。君に見惚れていたみたい」


 誤魔化すでもなく本音を伝える。ただ醜い欲望を言わないだけ。君に嘘は吐く気はなかった。


「照れます」


「照れて赤くなった頬も素敵だし、最近は肌の調子もいいみたいだね。やっぱり果物をたくさん取ったからかな?」


 くすくす笑いながら、常にリビングに用意させる籠を指先で引き寄せた。甘く水っぽいから食べやすいだろうと、今は桃を中心に数種類を常備させている。一部は遠方からの取り寄せだけど。


 血色が良くなった肌は、透き通る病的な青さが消えた。ほんのりと桜色の頬は、化粧がなくても十分美しい。頬が丸くなった頃から、徐々に腕も柔らかく肉がついた。もちろん胸元や腰回りもね。


 彼女は太ったと気にしたみたいだけど、褒め殺し作戦で納得させたと聞いた。これは専属侍女ソフィのお手柄だ。もう少し待遇を良くして、気持ちよく働いてもらおう。


「髪も艶があるし、ソフィはいい侍女みたいだね」


「はいっ! 公爵家にいた頃から私の髪や肌を手入れして、時々甘いお菓子も差し入れてくれました」


 穏やかに微笑みながら聞くけれど、聞き捨てならない言葉に僕は無言で頷いた。

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