65.やりすぎたみたいだ
何もなかったような顔で、トリシャを見つめる。夕食に鶏肉を選んだが、彼女の口にあったようだ。具合悪そうな感じも見受けられないし、顔色も悪くないね。安心した。
甘酸っぱいソースを絡めたフォークが、目の前に突き出される。鶏肉から滴りそうな濃赤のソースを見ながら首をかしげた。
「どうしたの、トリシャ。口に合わなかった?」
「上の空ですわ。食べてください」
言われるまま口に含む。毒が入っていないか、味わってしまった。反射的な行動だが、すでに毒見は終わっている。味も香りも申し分ない鶏肉を飲み込むと、トリシャは嬉しそうに頬を緩めた。
「よかった。具合が悪いわけではなさそうですね」
なぜ僕が心配されてるんだろう? 疑問に思いながら手元の皿を見て、天を仰ぎたくなった。トリシャの様子を観察しながら気を取られていたせいで、鶏肉をひたすら切っていたらしい。口をつけずにただ、肉を切り続ける姿が心配の原因だった。
「ごめん、トリシャに夢中になってた」
嘘にならない範囲で誤魔化し、ふふっと微笑む。トリシャは少し頬を赤くして、フォークに刺した鶏肉を食べた。
「あっ!」
びくりと肩を振るわせるトリシャに、僕は叫んだ口に手を当てて笑う。
「間接キスだね、今の」
指さしたフォークを見て、トリシャの顔や首が真っ赤になった。着替えた服が淡い水色だから、余計に肌の色が目立つ。可愛いな、この程度のことで赤面するなんて。だけど、これで話を逸らすことには成功した。
無言になったトリシャは、ムキになったように鶏肉を頬張る。淑女のマナーだと問題ありだけど、可愛いから許しちゃおう。それ以前に、トリシャが食べてくれるのは有り難い。連れてきたばかりの頃は食が細くて、腕や足がいつ折れるかと心配だった。最近は頬もふっくらして、血色もよくなったよね。
「ダンスフロアを1階に作らせたから、明日は練習しない?」
仕事もあらかた片付いたし、毒殺未遂の犯人が見つかるまで時間がある。微笑んだ僕の提案に、トリシャは嬉しそうに声を上げた。
「よろしいのですか?」
「ああ、もちろん。トリシャと一緒にいたいのは、僕の方だからね」
知り合いも碌にいない国に連れてきて、鳥籠に閉じ込めたのは僕だ。寂しがらせるなんて、僕の怠慢を責めてもいいのに。君はそんなこと、思いもしないんだろう? だったら僕がきちんと動かなきゃ。トリシャに寄り添うために、文官も能力重視で入れ替えようか。
僕がトリシャと過ごす時間を作り出せない貴族を、文官に据えておく意味がない。有能な平民を多用して、そうだな。ニルスが元気になったら任せよう。侍従をあれだけ育てた彼なら、他人の能力を見定める役にぴったりだ。
「一緒に踊ってくれる?」
「はい、喜んで」
嬉しそうなトリシャのすぐ隣に椅子を動かし、デザートを掬ったスプーンを差し出す。照れた彼女の唇をクリームが付いたスプーンで突いた。観念したように口を開ける彼女に食べさせて、唇についた分を指で拭って舐める。
ぼっと全身が赤くなる音が聞こえる気がした。どうしたらいいか分からなくて、真っ赤になったトリシャの耳に唇を寄せ、可愛いよと囁く。椅子の上に崩れて床までへたり込みそうな彼女を抱き上げ、僕はマルスとソフィに叱られた。
やりすぎたみたいだ。
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