66.濁り切った青い血
数日してもトリシャを狙った毒殺未遂犯の情報が入らない。ニルスが指揮を取れずにいることもあるけど、それだけじゃない。あまりに情報が集まらないことで、逆に数人に絞れた。
皇帝である僕が敷いた警備を掻い潜り、城内の中でも侵入が厳しい離宮の小鳥に手を出せる。この国の宮廷に強い影響力を持ち、この僕に逆らうような奴……何人もいるわけなかった。僕に逆らって剣を手にし、双子に叩きのめされた男――やっぱり禍根を残さないに限る。ニルスがいない今がチャンスだった。
「はぁ……まだ諦めないのか」
心当たりの中で有力な男の顔を思い浮かべた。まだ子供だったから見逃してやったのに、わずか数年で牙を剥くとはね。僕の一族の業は本当に深いよ。殺し合うのが普通だから。
「処分しますか」
「頭を落とせば動きは止まるけど、手足は残っちゃうよね」
僕の言い回しに、マルスが苦笑いした。承知しましたと返すアレスも肩を竦める。ニルスがいればお茶を出してくれるタイミングなんだけど。自分の生活がどれだけ彼らに支えられているか。理解していても実感するよね。快適さを当たり前に供給することが、どれだけ大変か。ニルスは顔に出さないけど。
「駆除するなら頭から尻尾まで」
言う必要のない指示を、わざと言葉にする。双子は黒い笑みを浮かべた。何度もちょっかいを出され、部下に多少の被害が出ていたっけ。彼らに任せてもいいかな? 僕はトリシャとダンスの練習をしなくちゃ。今日踊った彼女も素晴らしいけれど、明日はもっと上達するだろうね。
「明日もダンスで忙しいね」
「はい、おやすみなさいませ」
臣下としての態度を崩さず退室した2人を見送り、リビングへ続く扉を見つめる。隣の部屋を抜けたら、トリシャの眠る寝室があった。もう眠ってしまったかな。それとも風呂上がりで髪を乾かしている? 想像するだけで楽しくて、僕はベッドに寝転がって両手を大きく広げた。
療養中のニルスが戻って来るのは、舞踏会の直前だ。ならば、それまでにあの男の首を落としてしまおう。ニルスが居たらまた反対するからね。僕と血が繋がるという価値しかないのに、ニルスは僕に心酔するあまりその血筋にも価値を見出してしまった。
よく断罪で「お前の血は青いのか」と罵られたけど、貴族なんて青い血を誇る人でなしばかりだった。何て綺麗事を口にするのかと嘲笑する。そんな僕と父母を同じにする唯一の兄弟……彼の血も青いのか。双子の断罪が楽しみになってきた。くすくす笑って寝返りを打ち、窓の外の月を見上げる。
満ち始めた膨らみを見せつける月齢を数え、トリシャを思い浮かべた。もう眠ったかな。昼間のダンスで手を回したトリシャの細い腰を思い出す。久しぶりによく眠れそうだ。
「おやすみ、トリシャ」
ベッドの空きにそう語りかけ、僕は目を閉じた。ひとつ屋根の下に眠る、愛しい小鳥を夢でも会うために。
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