63.甘くて酸っぱい果実(SIDEベアトリス)

*****SIDE ベアトリス




 先日の騒ぎ以来、エリクは忙しいみたい。一緒に食事を取れない、と謝罪するエリクの手紙を貰ったのは昨日だった。一緒に大きな花束が添えられているところが、エリクらしいわ。私が機嫌を損ねると思ったのね。


 一緒に食事を取れないことが数回あっても、それで私がエリクを責めることはないわ。皇帝陛下の肩書きにのしかかる責任や仕事量は想像がつくもの。


 かつて王太子の代わりに執務の一部を代行させられた。その時も大変な量だったのよ。大陸すべてを征服しそうな帝国の頂点に立つ皇帝陛下が暇だったらおかしいわ。忙しさは朝も続いているようで、ごめんと謝罪があった。


 ソフィにお願いして一緒に食べてもらおうとしたら、断られてしまったので、命令してしまったわ。1人の食事は味がしないから。以前はそれが当たり前だったのに、いつの間にこんなに贅沢になってしまったのかしら。


「皇帝陛下は、夜に姫様の寝顔を確認しに来られましたよ」


 愛されていますね。果物を剥きながら、ソフィは微笑む。この国に来てから、ソフィは笑顔が増えた。そう言ったら、彼女に姫様も同じですよと返される。そうね、確かに以前より感情が動く気がするわ。笑ったり拗ねたり、エリクの心配をしたり。私の感情は数年分くらい動いたもの。


「恥ずかしいわ」


「姫様がそのように幸せそうなお顔をなさるなんて、皇帝陛下には感謝しかありませんわ」


 薄い紫のドレスの裾を捌いて立ち上がったソフィが、私の前に果物を並べていく。綺麗な飾り切りの果物からひとつ選んで、口元に運んだ。甘酸っぱい味に頬が緩む。


「そんなに幸せそうかしら」


 自分では分からない。ただ苦しかったり泣きたくなる時間は減った。大好きな野花に囲まれて、ソフィやエリクとお茶を飲んで、心穏やかに過ごす。これを幸せと呼ぶなら、過去の私に幸せはなかったでしょう。


「今もお幸せそう。ふふ……早く皇帝陛下にお時間が出来るといいですね」


 照れてしまうけれど、今は私達だけだから……いいわよね。


「ええ。早く会いたいわ」


 微笑んだ私はもうひとつ果物を口に入れた。今度はとても甘くて、紅茶をひと口含んだ。甘過ぎる果物は紅茶に合いそうね。でもエリクはきっと好きじゃないわ。彼の好きな食べ物や色、仕草も知りたい。これが恋なら、私は今まで誰とも恋愛をしてこなかった。


 初めての恋ね。くすぐったい気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じって、照れ隠しのように別の果物を齧る。小ぶりで赤い果物は中が黄色で、顔を顰めるほど酸っぱかった。


「これ、酸っぱいわ」


「珍しいですわね。皇帝陛下がお持ちになる果物は甘いものばかりですのに」


 不思議そうにしたソフィは、咄嗟に私が皿に戻した果物を切って口に運ぶ。それから同じように顔を顰めた。


「本当に酸っぱいですわ。これはやめましょう」


 急いで口直しに甘酸っぱい果物を剥き始めたソフィの手元を見ながら、私はおかしくなって笑ってしまった。だって、こんな経験したことないから。嫌われ者だった私は無理だったけれど、もし同性の友人がいたら……こんな時間も過ごせたのかも。仮定の話を振り切るように首を振り、新しく用意された柑橘をソフィと分け合いました。


 そうだわ、忙しいエリクに手紙を書きましょう。届けずに部屋に置いておけば、きっと夜に読んでくれるわ。思いつきをソフィに相談し、便箋やインクを選ぶ作業で午前中を潰してしまいました。

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