09.他の男が贈った物は捨てて

「全員、爵位剥奪の上で追放」


「ひっ、なぜ」


 僕の宣言に、まだ口を利くの? 爵位剥奪したんだ、この場にいる貴族は平民と同じなのにね。僕に声を掛けようだなんて……よほど命が軽いと見える。


「さっさと出ていけ。首を刎ねるよ」


 わっと潮が引くように人波が消えた。押さえていた耳を離すと、驚いた顔のトリシャと目が合う。綺麗な瞳に映る自分の姿に、うっとりと目を細めた。トリシャが僕だけを見ているなんて、理想的じゃないか。


「トリシャ、僕の国に来てくれるね?」


「は、はい。でも」


「僕はお願いに慣れてないんだ。何か対価が必要? 膝を突いて来てくれるならそれでも……」


「いえっ! お供させていただきます」


 少し頬を赤く染めた天使は美しくて、誰にも見せたくない。そう思った途端、衝動的に抱き締めていた。承諾してくれたことも嬉しかったし、何より彼女が美し過ぎて儚くて。消えてしまいそうな気がした。


「さっきの言葉に嘘はないよ。僕の皇妃は君だけ――他に誰も近づけない」


 水色のドレスのスカートを弄る指先が愛らしくて、指先で拾って口付ける。このまま食べてしまいたいが、人目があるから無理だね。


「エリク、私、何も持っていません」


 地位、名誉、金、領土、そんなものなら余ってるよ。ドレス、宝石、持参金、逆に僕が君に渡さなきゃいけないんじゃないかな。天使を僕の隣に縛りつけるんだから。


「僕は『トリシャ』が欲しい」


「この身ひとつで、よろしいのでしょうか」


「うん。僕は君だけ欲しい。他の男に贈られた宝石やドレスなんて、捨てて欲しいんだけどね。流石に今脱がせるのは我慢してるよ」


 両親や養親、かつての婚約者あたりが用意した服だろう? 僕以外の奴が用意した物を身につけないで。他の男が贈った物はすべて捨てる。だから君は身ひとつで僕のところへ来てくれたらいいんだ。


 先ほど準備に走った侍女が、大きな箱を抱えて戻ってきた。随分急いだね。さすがは帝国の皇宮に仕える侍女だ。優秀な侍女には、後で褒美を用意させなきゃいけないな。


「着替えを用意させた。身につけて欲しい」


 トリシャは驚いた顔をした後、困ったように眉尻を下げた。申し訳なさそうに声を絞り出す。


「陛下……エリクの気持ちは嬉しいのですが、私本当に何も持っていなくて」


 お返しが出来ない。思わず陛下と呼んだ部分は、すぐに言い直したから聞かないことにした。この国の貴族で礼儀正しいのは、トリシャだけだね。持参金もないのにプレゼントは受け取れない。言ってる内容は正論だけど、僕に関して遠慮は無用だった。


「僕が勝手に用意したんだ。君が着てくれないなら捨ててしまおうか」


「え?」


「うん。この場で燃やしちゃおう」


 心得たようにマルスが動いた。侍女は、箱を丁重に開けて中のドレスを見せる。虹色を纏う銀髪に似合うよう、淡いクリーム色だ。裾へ向かってオレンジのグラデーションが掛かったドレスだった。


 紫にもピンクにも見える瞳とも相性がいい。間に合わせだから、色しか指定しなかったがまあまあかな? 肩を見せるデザインは僕の好みだね。移動の時はショールを用意させよう。


 靴と宝飾品、それから毛皮の襟巻き。ひとまずこれでいいか。国に戻ったら指輪も作らせないとね。羽織ものから下着まで一式用意するよう命じたけど、彼女が着ないなら燃やす。


「燃やすのですか?」


「ああ、トリシャが着ない服に価値はないからね」


「私が袖を通しても構わないのですね」


「君のために選んだ。本国に戻ったら別のドレスも贈りたいな。僕のために着替えてよ」


 トリシャは迷いを捨てたみたい。軽く会釈して侍女と着替えに向かった。彼女が見えなくなったところで、控える執事にあれこれと指図する。早馬を出して皇宮に彼女の部屋を用意させ、ドレスや宝飾品を溢れるほど手配した。最高級の家具と道具を取り寄せ、必要なら職人ごと囲い込むよう命じる。


 美しい蝶は温室で愛でてこそ――幸い僕の邪魔をするような親族もいないし。居心地良くなるよう、包んで愛する場所を整えなくては。


 僕の贈ったドレスに身を包むトリシャが待ち遠しくて、椅子を立って歩き回る。ぐるぐると3周ほどした頃、ようやく彼女の声が聞こえた。


「お待たせしました、エリク」


「……っ、美しい……失礼。本当に声が出なくなると、思わなくて。着てくれてありがとう、トリシャ」


 柔らかな色が本当に似合う。彼女の手を取り、誰もいなくなった夜会の広間を横切った。僕としたことが、感激して言葉を失うなんて。自分でも驚いた。


 さあ、僕の国へ帰ろうか。

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