04.謝罪なんか聞かないよ
「さすがはトリシャだ。よく知っていたね。僕自身だって舌を噛みそうだよ」
くすくす笑って、フルネームを口にした天使を褒める。だって、この場で僕にとって価値があるのは彼女だけ。他の誰も優先することはない。この国の王だったとしてもね。
申し訳なさそうな顔をしないで。君が悪いんじゃない。目の前で騎士に威嚇されてる駄犬の躾は、ひとまず親の責任ということにしようか。
「し、失礼いたしました」
「ご無礼をお許しください」
周囲の有象無象が何やら口にするが、ゆるりと口角を持ち上げたアルカイックスマイルのまま、僕は返事をしない。当然だよ、許す気なんてないんだから。否定も肯定も、僕が直接言葉にする必要はないんだ。
「ニコラウスはどこ?」
「貴様が父上を呼び捨てるとはっ! どういうこ……」
途中で駆け寄った宰相が口を塞ぐ。だが遅いよ。もっと早く動くべきだったね。僕が寛大な皇帝を装う気がなければ、王太子の首は転がってたと思うよ。実際のところ、僕が抜剣許可を出し忘れてなければ、騎士達は切り捨てたはずだ。
「も、申し訳ございません。王子は混乱して錯乱しているようでして。改めて国王ニコラウス陛下より謝罪をさせていただきます」
群衆の向こうが騒がしいのは、国王を呼びにいったのかな? それとも騒動を聞きつけて駆けつけた?
「いらない」
笑顔で切って捨てた。唖然とする宰相へ、僕はわかりやすい笑みで応じる。この国を滅ぼすかどうか決めたときに見せたのと同じ、皇帝の玉座に座る時の顔だ。覚えてるかな。戦にもならない小競り合いで負けたニコラウスと君が、床に頭を擦り付けた。属国になると誓ったあの日を思い出すよね。
感情はいらない、同情もしない。巨大になりすぎた国を纏める役者に、本音の感情は不要だった。指先の動きひとつで国を滅ぼし、目配せひとつで人の首を飛ばす。命より大切なものはないと説いた神殿を滅ぼす皇帝に、血も涙も要らないんだよ。
「混乱も錯乱も関係ないよ。その駄犬をさっさと下げて。可愛いトリシャが怯えるじゃないか」
そっと長椅子から降りて床に座ろうとした天使に首を横に振り、手招きして椅子の座面を示した。困惑した表情で椅子と僕を交互に見たトリシャに、座るよう促す。
「で、ですが皇帝陛下と同じ椅子はご無礼に」
「ならないから。座って。命令しないと聞いてくれない?」
僕が許可した。僕が求めている。君は拒まないでくれればいいんだ。
「君が隣に座るのを拒むなら、そうだな……この国を滅ぼそうか」
「失礼いたします」
震えていたのが嘘のように、トリシャは姿勢を正して長椅子に腰を下ろした。覚悟を決めた彼女の横顔は美しくて、僕を見ていないのに見惚れてしまう。でもやっぱり僕を見て欲しいかな。
「ねえ、こっちを向いて」
逆らえないでしょう? 僕が溜め息ひとつ吐けば、この国を滅ぼすことが出来る。言葉もなく、地図上からこの小国を消し去る権力があるんだ。お願いだから、僕を受け入れてよ。
「……皇帝陛下」
「嫌だな、そんな他人行儀に呼ばないで「エリク」でいい」
ごくりと喉を鳴らし緊張した面持ちのトリシャ。彼女の唇が僕を呼ぶのを待ち遠しかった。
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