03.駄犬の躾は誰の責任かな
余計な発言をしない僕の騎士達は、顔を見合わせて肩を竦めた。圧倒的な実力はもちろんだが、礼儀作法も知識や経験も豊富な我が国の筆頭騎士達だ。この程度の小国の王子が喚いても、脅しにならないし気にしないだろうね。それは僕も同じなのだけど……。
視線を向けた先で、愛らしい天使が震えていた。彼女にとって、自国の王太子に睨まれるのは怖いだろう。呼びかけを僕が数回無視した程度で、拳を振り上げるような短絡的な男が……トリシャの婚約者だって? 冗談だろ、相応しくない。
もしかして日常的に暴力を振るわれてきたんじゃないか? ずっと震えているトリシャが可哀想になる反面、手に入れるチャンスに胸が躍った。こんなんだから、僕はダメなんだけど。
「少し待っててくれる?」
まず優先すべきはトリシャだ。彼女が落ち着くよう、穏やかに声をかけて微笑みかけた。小さく頷いたトリシャの銀髪が揺れる。夜空を映した月のような髪は、ほんのりと紫を帯びていた。小さな顔を縁取り、結いあげて耳を半分ほど見せる。ぎりぎりのところで項が隠れた。
ゆるりと結った侍女の腕は見事だな。この腕なら彼女専属で連れ帰ってもいいかも知れない。
「おいっ! こっちを」
向け――そう続くはずだった言葉を僕が遮った。汚い言葉や声を天使に聞かせる気はないからね。
「誰に向かって口を利いてるの?」
「なんだとっ! ここはステンマルク国で、私は王太子だぞ」
当たり前のことを叫んでるけど、君は忘れているようだね。ステンマルク国内で王太子はそれなりの地位だろうけど、僕から見たら小さな点に過ぎない国だ。先日地図に零したコーヒーのシミの方が大きいくらいだよ。
「いちいち大声で喚かないでくれるかい? まったく、躾の悪い犬はこれだから困るよ」
「陛下、差し支えなければ躾け直しましょうか」
騎士の申し出に、僕はうーんと考えるフリをする。結論はとっくに出ているんだけど、やっぱり形式美は必要だと思う。寛大な君主を気取るなら、いきなり断罪しちゃいけないんだ。
「躾は親と飼い主の役目だっけ。いくら属国の王子とはいえ、肩書きだけの駄犬を飼う趣味はないな」
くすくす笑う僕の上着の裾を、心配そうに引く天使に微笑む。僕を案じてくれているの? でも大丈夫、君が気づいた通り僕の地位は高いからね。
「いい加減にしろっ! 貴様、許さんぞ」
その脅し文句は2度目だったか。いや、さっきは殺すだったか。どっちにしろ、僕に向ける言葉じゃない。にこっと笑った僕の表情を危険信号だと知る騎士が、さっと膝を突いて控えた。
「僕が誰だか、まだわからない?」
これだけヒントを出したのに。首を傾げて返答を待つ僕に、愛らしい声が震えながら告げた。
「フォルシウス帝国、皇帝ヴィクトル・エーリク・グリフ・フォルシオン陛下にあらせられます。我が国の非礼を深くお詫びいたします」
心地よいトリシャの声が紡いだ名は長く、僕としてはエリクと呼んで欲しいんだけど。まず、属国の王太子の婚約者という、不名誉な肩書きを消すところから始めようか。
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