第12話 接触

(凄く……目つき悪い)


 大人びた雰囲気と威圧感を放ち、鋭い目つきからくる第一印象はそれだった。

 しかし同時に、ミカ自身にもよく分からない、何か謎めいた『気迫』のようなものを感じ取っていた。


(本当にこの人に魔力を感じるの魔王様?)

【間違える筈がなかろう だが何故今まで気づかなかったのか……】


 半径5kmの範囲内であれば、魔憑きを探す事が出来ると言っていた魔王。

 その探し方は"魔力を感じるか否か"である。当然、相手が魔憑きでなくとも、魔力を持っているのならそれは当てはまる。


 そして『優月ユウヅキ リン』は魔力を持っている。本来ならすぐに気づけた筈なのにと、魔王は見過ごしていた理由を考えていた。


「……話があるんじゃ無かったのか?」


 腕を組み訝しんだ表情で、リンはミカを睨む。


 当然魔王と話していましたなどと言えないミカは、急いで言い訳を考えるのだが、全く良い案は浮かばない。


「ええと……忘れちゃいました」

【阿呆】


 頭の中で魔王がため息を吐く。我ながらアドリブが下手だと思い知らされ、ミカは一人落ち込んだ。


「あ〜らら 怯えちゃってんじゃん お前の顔が怖いからだぞ?」


「余計なお世話だ」


 気遣った日向ヒナタがリンへと注意する。リンからすれば不本意でしかないだろう。

 ただ職員室に用事があっただけだというのに、進路幅まれただけでなく、言いがかりを受けたのだから。


「悪いが後にしてくれ 教師に呼ばれてるんだ」


 ミカの悩む姿を見てリンは告げる。ミカが無理に引き留めてしまえば、怪しまれてしまう為、今は引き下がるしかなかった。


「えっとその……ごめんなさい」


「──思い出したら呼べばいいさ」


 ふと見せた表情は穏やかで、さっきまで感じていた威圧感は薄れていた。

 これが日向の言っていた"変わった"という印象である。


 職員室へとリンは入っていく。ミカも心の準備をして改めて話をしたほうが良いと、リンの言葉に甘える事にした。


「オレらもそろそろ戻ろうぜ チャイムが鳴っちまうからな アイツもああ言ってたし今度聞きな」


「そうだね ありがとう日向くん」


「悪いヤツじゃないけどさ 慣れないと話しかけづらいだろうだから…… この『日向ヒナタ カイ』様にそん時は頼りな!」


 カイは自分の教室へと戻っていく。一人残されたミカも教室へ戻ろうとすると、魔王がミカへ言った。


【このまま彼奴きゃつを放置するつもりか?】

(流石にそれはねぇ……)

【何だ? 珍しく乗り気ではないか】


 魔王の想像では関わりたくないと駄々をこね、仕置きをする事になるだろうと予想していた。

 しかしミカの意見は違った。魔力を持つリンに、自分から関わるつもりだったのだ。


(だって凄い手がかりでしょ? ボク達以外に魔力を持つ人なんて魔憑き以外いなかったわけだし)

【敵だったとしてもか?】

(その時は……戦うしかない)


 ミカの持つ力は魔王の力である。これまでは魔憑きに苦戦を強いられたのは、ミカ自身の精神と肉体面の弱さが招いたものである。


 それも改善された。ミカと魔王の精神を繋げた事で、足りない魔力を補えるようになったからだ。


(──でも戦わない前提で話を進めよう)

【なら我輩は戦う時の事を考えるとするか】

(いやダメだよ)


 こうして『優月ユウヅキ リン』と話をする事となった。






【……話しかけないのか?】

(だって怖いし)


 まずは"観察"から始まった。


【情けない……意気込んでおきながらこの体たらくとは泣けてくるな】

(だって見たでしょあの"眼"! 絶対一人か二人殺してる眼してたもん!)


 下校時間。怖気付いたミカは他の生徒達の人混みに紛れ、リンの動向を探る。

 そもそもどのような人物なのかを確かめない限り、話しかけにいくのは無謀であるとミカは言う。


(もしも悪い人なら学校で問題を起こすのはまずいだろうし……何かやるなら帰り道かなって)

【夜の可能性もあるだろう?】

(それならそれでボクらと行動時間が被ってるし 大丈夫だよ)


 なんだかんだ言ってはいるが、とにかく近づく勇気が無いだけでなのだが、もう一つだけ、理由があった。


(それに──尾行ってなんかロマンあるじゃん?)

【知らんわ】


 校門を抜けたところで、人混みと物陰に隠れながらの、ついにリンの尾行が始まった。


【あの日向ヒナタ カイとかいう小僧に頼るもの駄目なのか?】


 友人だと言っていた通り、リンはカイとともに帰っている。

 リンを恐れるミカが駄目でも、カイを挟んで話を通して貰えば良いと提案されるが、ミカは却下した。


(ヒナタくんは無関係なんでしょ? だったら巻き込みたくないし)

【話す時に外させればいいだろう】

(そんなのヒナタくんに悪いじゃん)

【面倒な奴め】


 変に気を遣うミカに魔王は呆れた。面倒になった魔王は、今だけはミカに任せ、傍観に徹する。


 少し離れた位置から尾行を続けていると、十字路になった場所でリンとカイが別れた。

 これで漸くリン一人となった。誰か一緒がいる時は行動出来ないだろうが、もしも何かをするなら今が絶好の機会である。


(そのまま真っ直ぐ帰るのか それとも寄り道かな……)


 とにかくバレないように慎重に追いかける。今のところ気づいた様子を見せないが、見つかればどうなるか分からない。


(見つかったら多分半……いや全殺しかなぁ……?)

【我輩が言うのも何だが お前は彼奴をどんな目で見ておるのだ】


 マイナス思考を巡らせるミカに、思わず魔王は疑問をぶつけた。


 少しは強くなったと思えばコレである。魔王はミカを弟子にとり、"悪に堕とす"と決めたは良いが、これでは当分先であろうと魔王の頭を悩ませた。


【それで? そろそろ優月ユウヅキ リンとやらの正体は分かったか?】

(ウ〜ン 変わった様子は無し "白"だよ)

【真っ黒だ戯け! この世界で魔力を持つ者が何も知らぬわけなかろうが!】


 なんの成果も得られないミカに、魔王は呆れ果てた。


(……コンビニに寄ってる)


 それからもリンの尾行を続けたが、特に変わった様子を見せない。

 ただの高校生の帰り道。何の変哲もない、ごく平凡な光景でしかない。


(買ったのはお菓子かな? 結構多めに買ってるような……?)

【誰か食べるつもりではないか?】

(そういえばこの道って……まさか)


 リンの家が何処なのか分からない為、ミカはてっきり家に直行しているのかと思っていたが、この道には心当たりがある。


「──病院?」


 たどり着いたその場所は、この辺りで一番大きな『総合病院』であった。


 リンはそのまま通過する事無く、病院へと入っていく。ミカも後を追い、真相を突き止める。


【ここは医療施設というやつか 彼奴が怪我をしているようには見えぬが】

(だとしたら誰かのお見舞いじゃないかな コンビニで買ったお菓子もきっとそうだよ)


 そしてリンは病室へと入っていった。


 病室の扉の前までは来たが、流石にこれ以上は近づけない。なのでミカは、なんとか話し声だけでも聴こうと、扉に耳を当てた。


「──うだ?」


「──よ!」


(ウゥ……聴き取りに辛い)


 周りから白い目で見られているのにも気づかず、ミカは病室の様子を伺った。


「──でね! 今日はここまでできるようになったの!」


「──良かったな」


(なんだろう……凄く穏やかな声色)


 リンが学校で一瞬だけ見せた優しさ。その雰囲気のまま、病室の声の主と会話していた。

 声の主は"女の子"の声である。声だけを聞くならミカとは同い年か歳下、そんな声色の持ち主である。


(妹か……それとも彼女!?)

【何故"彼女"に過剰反応する?】

(ほっといてよ……羨ましいだなんておもって無いんだからね)

【思いっきり思っとるではないか】


 一切隠せていない嘘を吐くミカ。今日何度目かの呆れを見せ、魔王は黙るしか無かった。


【……一本取られたな】

(どういうこと?)

彼奴は気づいている・・・・・・・・・ぞ おそらく最初からな】


 突如病室の扉が開かれる。そして、聴き耳を立てていたミカを掴み、リンは耳元で囁く。


「──誰だお前は」


 背筋が凍る。その確認の意味は、ただ名前を尋ねているのでは無いと、ミカもすぐに分かった。


 内に秘めた魔王の事・・・・・・・・・を、尋ねているのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る