第11話 出会い

(じっとしててね魔王様)

【言われなくとも分かっておる】


 職員室で騒ぐのはまずいと、ミカは念入りに魔王へ注意する。

 頭の中であれこれ言ったり、身体を乗っ取ったり、脳を締め付けたりなどされては、話に集中出来ないからだ。


「失礼しまーす……」


 覇気無く職員室の扉を開く。理由は分からないが、呼び出しを受けたのだから碌な用件ではないのだろうと、ミカは既に諦めていた。


「1年B組の舞田マイダ 未架ミカです……呼ばれているとのことで来ました」


「コッチコッチ!」


 ミカの名前に反応し、呼び出したであろう教師が大きく手を振ってここに来いとアピールしている。


(──あんな先生いたっけ?)


 その女教師に、ミカは心当たりが無かった。


「悪いね 急に呼び出したりなんてしてさ」


 招かれるままに、職員室奥にあるソファーの場所まで呼ばれた。

 ここは大概、問題を起こした際に呼び出される場所だった。やはり怒られるのかと、ミカは身構える。


「……ボクなんかしちゃいました?」


 ミカはおそるおそる尋ねる。確かに夜な夜な魔憑まつき退治に家を抜け出しているのは事実だが、決して悪い事ではない。


 ただし、唯一の心当たりといえる廃ビルの不審火騒動の件は、ミカは言い逃れは出来ないのだが。


「アッハッハッ! そう固くならず楽にしたまえよ? 私はなにも キミを怒るために呼び出したんじゃないからね」


 気持ちよく笑いながら、ミカにお茶を入れてもてなし、自分の分も入れて謎の女教師はくつろぐ。

 未だにミカは彼女が誰なのか分からなかった。今持っている感情といえば"美人だな〜"程度である。


「おや? 本当に覚えてないのかい?」


「アハハ……すみません」


 申し訳なさそうに謝るミカを見て、それ以上に悲しそうに、彼女は振る舞った。


「ウウッ……そうか そうなんだね キミは忘れてしまっているんだね」


(ヤバい! この人ボクの昔馴染みの人だ!)


 シクシクと顔を手拭いで隠し、忘れてしまっている事を悲しむ彼女を見て、必死に記憶を巡らせる。


(誰だろう……喉元まで来てる気もするし……来てない気もするし)


 慌てれば慌てるほど、全く心当たりを探れないミカ。

 そんな様子をしばらく彼女が眺めていると、当然笑い堪えきれず吹き出した。


「──アハハッ! そりゃあそうさ! 会ったといっても一度きり しかも私は気を失っていた・・・・・・・からね」


「……へ?」


 気を失っていた。そのワードでミカが心当たりがあるのは、ここ最近あった出来事しか考えられない。


「もしかして通り魔事件の!?」


被害者です・・・・・ あの時は助けてくれてありがとう」


 ミカが魔王と共に魔憑きを倒した後、とにかく急いで廃ビルからヤヨイと魔憑きになっていた人を連れ出し、救急車を呼んだ。

 その時は焦っていたこともあるが、それ以上に把握しきれない状況で、ミカの頭から抜け落ちていた。


「『古都フルイチ 弥生ヤヨイ』です 今日からここ聖葉せいよう高校で歴史を担当することになりました」


 気さくにミカへと挨拶をするヤヨイ。こんな偶然があるのかと、ただただ唖然とするしかなかった。


「でもこの時期にですか……?」


「九月に入ったらすぐ担当になるはずだったんだけどね 実家の都合で配属が遅れて……そしたら今度は通り魔に襲われるなんてね! イヤ〜参った参った!」


 とんでもなく運が悪かったというのに、それを上回る豪胆さで笑い飛ばす。

 通り魔に襲われたりしたらトラウマにでもなりそうだが、ヤヨイは全て受け入れていた。


「キミの名前とここの生徒だってことは教えてもらえてからさ 職権濫用をしてしまいました」


「職員室に呼ばれるなんてヒヤヒヤしましたよ」


「そうだろうそうだろう! 私も学生の頃はよく招待されたからね〜よく分かるよ」


 自分もそうだったミカに同意し、ヤヨイは色々と話始める。

 元々ここの生徒だった事や、教師を目指したきっかけなど、些細な事までミカに打ち明け、自分の事を教えた。


「──つまりだね! 私はまだ自習生の腕章が外れたばかりの新米の教師なのさ だから『教え子』ってをまだ持っていないんだよ」


「出来るといいですね」


「何を言ってるんだい? これからキミが私の第一教え子になるんだよ?」


 ニマニマとした表情を浮かべ、ヤヨイはミカの目を見つめる。


「ボクが……ですか?」


「そうさ これも何かの縁じゃないか キミには是非私を頼って欲しい」


 真剣な眼差しを向けられて、耐えきれなくなったミカは目を逸らす。

 そもそも女子にあまり抵抗が無く、そのうえ年上の美人に見つめられてしまい、ミカはタジタジであった。


「じゃ……じゃあ歴史で分からないとこがあったら相談しますね」


「任せたまえ! 補習の時はみっちりと教えてあげよう!」


「補習になる前に助けてください」


 チャイムの鳴る10分前となり、今日の話はここでお開きとなる。

 またおいでと言われたが、職員室だも居心地が悪いので、次は別のところがよいと思うミカだった。


「失礼しま……オワッ!?」


「職員室に呼ばれるなんてミカってば何しちゃったわけー?」


 漸く解放されたと気を緩めた直後、突如腕を首に回されて動きを止められてしまう。


【敵か!?】

(いやこの声は……!)


 腕を叩いてギブアップの意思を示す。するとスリーパーホールドをかけていた張本人は笑っていた。


「何すんのさ日向ヒナタくん……」


「隙を見せたお前が悪い」


 反省の色を見せず、責任を押し付けてきたのはミカの友人である。

 ミカと違い外交的だが非常に趣味が合い、別のクラスなのだがよく一緒に話をしていた。


「日向くんも職員室呼ばれたの?」


「いんや 美人女教師が入ったって風の噂を聞いたんでな ちょいとばかし視察を……」


「前にも似たような事やって怒られて無かったっけ?」


 他愛の無い会話を始める。ミカにとってはいつもの光景だが、頭の中の魔王が違和感を指摘した。


【──此奴こやつ

(ん? どしたの魔王様)

魔力の残滓が付いている・・・・・・・・・・・

(え!?)


 自身の友人から魔力を感じる。つまり、魔憑きに関係しているという事である。


(じゃあなんとかしないと……!)

【"残滓"と言ったであろう 此奴自身は魔憑きではない】


 おそらく身近に魔力を持つ者がいるのだろうと、魔王は推測する。

 ミカは新しい魔憑きの手がかりのため、話を聞き出せと命じられた。


「……オレの顔になんかついてんのか?」


「そうじゃなくて……聞きたいことあるんだけど」


「勉強のことなら他を当たれよ」


「そうじゃなくてさ 知り合いとかで普段と様子が変わったな〜って人知らない? 最近"憑かれてみえる"とか "凶暴"になったとか」


「何だってそんな物騒なヤツ探してんだよ」


 あまりにも変な質問に困惑気味に返される。自分で言っておきながら、ミカでさえも突拍子も無かったと自負している。


「──逆なら知ってるけどな」


「逆?」


「前より話しやすくなったってこと」


 以前は人を寄せ付けない棘を纏っていたのだが、最近ではずいぶん丸くなったのだと言う。


「七月の頭ぐらいだから……三ヶ月前ぐらいか? その日の帰りまではいつも通りだったんだけどさ──変わったんだよ 急に」


 そう話す日向の顔はとても穏やかで、安心したといった顔である。

 心の底から心配していたのであろう。人と関わる事を避けていた友人が、心を開けるようになったのだから。


(でも魔憑きじゃなさそうだね)

【気づかぬか? その者が変わった時期とこの世界に魔素が発生し始めた頃は一致している】


 ミカの中の魔王が目醒めた理由は、二ヶ月前に魔素がこの世界に発生したからである。

 目醒めてから約一ヶ月が過ぎている。つまり、発生原因と関係している可能性が非常に高い。


「噂をすれば……アイツだよ」


 職員室に向かう一人の男子生徒。それが日向の言う人物だった。


「邪魔だ 職員室の前を塞ぐな」


「そんなことより コイツが話したいってさ」


「俺と……?」


 同い年とは思えないほどに大人びた雰囲気を放ち、ミカは鋭い目つきと目が合った。


(どう魔王様? ぱっと見怖そうな人だけど)

【黒も黒……真っ黒だ】


 魔王の声は今までに感じた事の無いほどに重く、そして興奮気味に話す。


【この男は『魔力』を持っている! 間違いなく何か知っているぞ!】


 今まで出会った事の無い存在。魔憑きのように霊に取り憑かれて魔力を持っているのではなく、この男自身・・・・・が魔力を持っていたのだ。


「……舞田マイダ 未架ミカです よろしく」


 細心の注意を払い、ミカは挨拶をする。


 この男が何者か分からない以上、下手に刺激してしまえばどうなるか分からないからだ。


「──『優月ユウヅキ リン』だ」


 ミカも感じた。


 リンと名乗るこの男が放つ、威圧感を。

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