第7話 薫の場合②

「薫くんは成績も優秀なので、進学の選択肢は広いと思います。お家で進路のお話などしてますでしょうか?」


「いえ、大学に行って欲しいという思いはあるのですが、なかなか家で進路の話にはならなくて…。」


担任がやんわり俺のことを褒めてくれつつ、まだ家族に専門に行きたい話をしてないことを確認した。


俺は担任の目を見て頷く。ふう、と担任が息を吐いた。


「こちらが、薫くんの提出した進路希望書になります。」


母親は紙を覗いた瞬間真っ赤な顔で俺を見た。


「専門学校なんて何を言ってるの。大学に入って会社に就職して普通の暮らしをする幸せをなんで自分から捨ててしまうのよ。」


やっぱり。反対されるとは思っていたが、こうも専門学校に偏見があるとは。説得が難しそうだ。


「受験から逃げたいなんて甘い考えじゃないでしょうね。そんなこと私は許しませんからね。」


ヒートアップする母親に対して、担任が仲裁に入る。


「まあまあお母さん落ち着いてください。薫くんも考えがあって専門学校に行きたいと思っているんじゃないでしょうか。

この面談は親御さんとお子さんの中で将来なりたい像の擦り合わせをしていく場でもあります。

まずは、薫くんの話を聞いてあげてください。」


こんな真剣な担任を初めて見た。俺はまだうまくは言えないながらに言葉を紡いだ。


「俺は、じいちゃんの和菓子屋を継ぎたいと思ってる。生半可な覚悟じゃない。じいちゃんが作った店で父ちゃんたちが守ってる味をずっと食べていたいし、食べてもらいたい。…でも俺は料理とか全然できないし、店の手伝いもレジばっかりだったから、まずは菓子作りも基礎からやりたくて…。うまくは言えないけど、大学が嫌なんじゃなくて、俺はあの店を継ぎたいから専門に進みたいんだよ。」


初めて真面目に進路の話を親にしたかもしれない。母親の目には涙が浮かんでいた。


「あんたがあの店をそんな風に思っていたなんて知らなかったよ。真面目に店番してるように見えなかったし。」


「それは、そういう時期もあったけど…。」


「先生、こういう場を作ってくれてありがとうございます。初めて息子の口から、将来なりたいものを聞けました。あとは家で詳しく話します。希望進路は変えず、このまま提出ということにしてくださいますか?」


「母さん…」


「分かりました。僕も将来、薫くんが作った和菓子を食べるのが楽しみですよ。何かまた困ったことがあればいつでも相談に乗りますので。今日はわざわざお越しいただきありがとうございます。」



意外だった。あんななあっさり俺の夢が肯定されるとは思っていなかった。それに、あんな風に母親が涙を流すなんて思ってもいなかった。


帰り道、母親が口を開いた。


「あんたもちゃんと将来を考えるような歳になってたんだね。」


「まあ、ね。」


「帰ったらさっきの話をもう一回父ちゃんたちの前でしな。母さんはあんたの味方になってやるからしっかり説得するんだよ。」



まじか。あんな恥ずかしい話をもう一度するなんて、年頃の男子には穴があったら入りたいくらいだ。


でも進路に悩んで親とも気まずくなってみて、それでも応援してもらえるのも青春の1コマなのかもしれない。


俺の青春は、ここにもあったんだなんて、ガラにもなくそう思った帰り道だった。

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