第5話 修弥と翔也の場合②
肩が本格的に痛み出したのは9回の裏だった。7回に軽く痛めた肩だったが、ここに来てボールが思うように投げられない。
周りから見れば分からない程度の投球のズレだったかもしれない。
ただ、相手が悪すぎた。優勝候補筆頭と言われるのはこういうところかと痛感した。それからヒットを打たれた挙句ホームランをくれてやり、俺らの高校最後の夏が終わった。
「おい。お前9回の…いや、なんでもない。」
俺はなにも聞き返せなかった。修弥の言いたいことは分かってる。9回の裏、誰にも言わずに投げ続けたこと。あの時ピッチャーを交代してれば勝機もあったかもしれない。
俺を責めないのは修弥の優しさだろう。でも、その優しさが今の俺にはひどく刺さるし、無性に腹が立ってしょうがなかった。
次の日、敗戦の余韻に浸る暇もないまま授業のため学校へ行く。あれから修弥とはまだなにも話せていない。
昼休みになって屋上へ向かう時だった。
「おまえら、喧嘩してるっていうよりはお互い言いたいこと言ってねえって感じだな。」
いつもの4人で昼食を食べようとした時、那月が俺ら2人に言った。図星だった。
最初に口を開いたのは修弥だった。
「昨日、おまえ肩痛めてたんじゃないのか?」
やっぱり。修弥が昨日言いかけたのは肩のことだった。
「7回にバットを振った時、肩に痛みが走った。その時はなんともなかったけど、9回にボールを投げてたらとんでもなく痛み出したよ。今は湿布を貼ってる。」
「やっぱり。なんであの時言わなかった。言ってくれれば…」
「言えば交代してただろうな。交代した方が勝機があったかもしれねぇ。俺だって分かってた。でも、それでも俺は!…お前と勝ちたかったんだよ!」
ああ、言ってしまった。昨日黙って投げ続けたのは俺のわがままだったこと。呆れられただろうな。
「そうじゃねえよ。肩を痛めてんじゃねえかって俺も気づいてたさ。でも、言ってくれたら俺なりにもっと配球だって工夫できたかもしれなかった!何年お前とダチやってると思ってんだ…!」
「…3年かな。」
「…3年だな。…………たった3年でもお前の怪我に気づけるくらいには相方やってたつもりだったんだが?」
「…悪かった。俺のわがままで負けたことも。お前になにも言わなかったことも。」
「『俺の』じゃない。『俺たちの』だ。俺だって気づいてて黙ってたんだから同罪だよ。」
「…なんか、俺たち置いてけぼりで青春してんぞ薫くんや。」
「おう。入る隙ねえな。那月よ。」
忘れてた。こいつらもいたんだった。
「…あー、もう!!俺らも青春してたんだなー。」
からかってくる2人をどうにかかわしながらいつものように4人で騒がしく昼休みを過ごした。
俺は思ってたより友人に恵まれていたのかもしれない。あっけなく終わってしまった最後の夏も存外悪くないように思えた。
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