第6話 デート(但し拒否権は無い)

「お主たちとは違う世界じゃ」



 今まで聞いたことが無いほどのコンの凛とした声に、僕は寒気を覚えた。僕から、この世から、夏が奪われたかのようだった。


 コンの答えは冗談でも誤魔化しでも、あるいは空言でもない。僕の直感が、本能が、そう叫んでいた。


「……コン、お前何者なんだよ……」

「何者か、と。ふむ……そうじゃな。ゆーた、お主なら良いかもしれぬ」


 そう言うと、コンは堤防からタンッと飛び降り、下駄を楽しげに鳴らした。そのままくるりとターンし、僕に微笑みかける。巫女服が牡丹のようにふわりと舞った。


「五家宝の礼じゃ。面白い所に連れて行ってやろう」

「え?」

「我が何者なのか知りたいのじゃろ? 我についてくれば、そこで特別に教えてやろう」


 そう言いながらも、コンは僕の手をぐいぐい引っ張ってくる。


「あの……これ僕に拒否権無いんじゃ……」

「うむ! 無いぞ!」

「ええ……」


 その強引なやり口に、ブラック企業もとい秘密基地のガキどもの顔が思いだされる。今頃、僕が買ってくるチューペットを心待ちにしつつ、炎天下の暑さと闘っているのだろう。もしかしたら本当に、熱中症寸前になってしまっているかもしれない。


「わかった。コン、一緒に行くよ」


 けどそんなこと関係ないよね――――‼ 人生の先輩である僕のことをパシリとしか考えていないガキどもなんてどーでもいいよね――――‼ これによってもしかしたら僕のこと解雇してくれるかもしれないしね――――‼ ……マジで解雇してくれねぇかなぁくれないよなぁ。


 とにかく、拒否権も無いことだし、僕はコンについていくことにした。


 いつの間にか世界は音を取り戻しており、セミの鳴き声や絶え間ない波の音が僕に暑さを思いださせる。さっきの感覚は一体何だったのだろうか。


「あのー、コン? コンさん? 僕別に逃げたりしないんで、手、離してもらっても大丈夫ですよ?」

「まあまあ、遠慮するでない! こーやって手を繋いで歩くのもでーとみたいで良いではないか!」


 コンは僕の腕をブンブン振り回しながらずんずん進んでいく。何ゆえこんなにもノリノリなのだ、この美少女は。


 というか別に僕は遠慮しているわけではない。ただ、その、ちょっと手汗とかね? 気になるじゃん? 緊張しているとかじゃなくてね? この暑さだからね? 自分より年下の子とはいえ、「うわ何こいつ、手繋いだだけで手汗ビッショリとかキモ。童貞?」とか思われたくないじゃん?


 そんな僕の思いはコンには届かず、彼女は僕の少し前を楽しそうに歩いていた。


 その後ろ姿は、やっぱり年相応の少女にしか見えなくて――。


 繋いだ彼女の手がやけに冷たいことを、僕は努めて無視した。

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