第4話 田舎にコスプレは似合わない
幼女と呼ぶには大人びているが、乙女と呼ぶにはあどけない。
その少女は、見た目年齢相応の無邪気な目を輝かせ、アイスケースに身を乗り出し、穴が開くほど見つめていた。すぐそばで立ち止まって自分を観察する中学生男子の姿にも、どうやら気づいていないようだ。
その少女の振る舞いや姿は、いわゆる一般的な少女のそれと同様のものだったといえるだろう。
少女が狐のような黄金色の獣耳を持っており、紅白鮮やかな巫女衣装に身を包んでいることを除いては。
この島にコスプレ少女がいたとはびっくりだ。何がびっくりって、コスプレ趣味自体そのものも驚きなのだが、それ以上に――。
見たことがないのだ、こんな子。
この島は小さな島であり、島に住む子供は小学生、中学生を合わせても十人に満たない。そのため、島に来てまだ日が浅い僕でも、島の子供の顔は全員覚えている。見た目的に小学校中学年から高学年程度だと推測されるこの少女が島の子供ならば、何度か顔を合わせていないとおかしい。
だが、人形のように整った目鼻立ち、クリッとした瞳と二重が輝くまぶた、ほんのり癖っ毛じみた明るい茶髪を持つ、文句なしの美少女などこの島で見たことが無いのだ。生意気な顔で僕を見る、ガキどもの中にいる女子達とは明らかに違うのだ。
この島の子供ではないから、きっと、夏の間だけこの島の親戚の家に預けられたとかだろう。ぼくなつかな? お母さんが臨月なのかな?
というか、そうだとしたら旅先、しかも屋外でコスプレ楽しむとか、この子のメンタルそうとういかついぞ。いやまあ、趣味は人それぞれ、自由に楽しんでもらえばいいんですけどね。
とはいえ、村上商店のおばあちゃんはコスプレなんてハイカラな趣味知らないだろうし、この姿を見て腰を抜かされても困る。お狐さまじゃ~とか叫びながら五体投地しかねないし。腰、痛めるぜ。
僕は意を決して、先輩に匹敵する、いやひょっとしたらそれ以上の可愛さを持つ獣耳美少女に声をかけた。
「あ、あの~、君どうしたの? アイス買いたいの?」
今ここに、本島史上初の声かけ事案が発生してしまいました。無駄にキョドキョドした声は我ながら非常に気持ち悪く、少女が防犯ブザーを鳴らそうものなら、一発でお縄である。
少女がアイスケースから身を降ろし、くるりとこちらに振り返った。不思議そうな目で僕を見つめている。
「なんじゃ? お主、我のことが見えるのか?」
……お、お主? わ、我?
何だこの子。一人称も二人称もバグってないか。いや、これもコスプレの設定の一つなのか? プロ意識が高すぎる。こいつ、できる……。
「いや、見えるも何も、さっきからアイス欲しそうにしてたし……。何よりそんなコスプレしてたら目立つに決まってるでしょ」
「こすぷれ? あいす? お主の言ってることはさっぱりわからぬが……。まあよい。それはそうとお主、一つ頼まれてくれぬか?」
コスプレという単語すら知らんぷりを決め込むとは。設定大事にするのもいいけど、それ日常生活に支障きたさない?
「頼み?」
「ああ。我はど――――――しても、この氷菓が食べたいのじゃが、底の方にあって我の手では届かなくての」
言いながら、少女はちょんちょんとアイスケースを指でつつく。連動して金色の狐耳がぴょこぴょこ揺れた。
「まあ……いいけどさ」
なんなんだ、この子。変わった子、で済ませていいレベルじゃないぞ。テレビの企画か何かで僕をからかっているのだろうか。ただ、それにしては身振りや言葉遣いが板につきすぎているような気もする。
「それで? どれが欲しいの?」
「色付き五家宝じゃ!」
「ご、五家宝? そんなもんがアイスケースの中に?」
「そうじゃ! よく見てみい、奥の方にあるじゃろう! あれが美味そうで美味そうでのう!」
冷やし五家宝なんて初めて聞いた。この島には五家宝を冷やして食べる文化があるのか……。案外美味しいんかな。
アイスケースの底の方をごそごそやってみる。しかし、五家宝は見つからない。というか普通見つからない。
「んー見当たんないけど……」
「よく見るのじゃ! ちゃんとあるじゃろう!」
なかなか見つけられない僕に焦れてきたのか、少女が先ほどまでのようにアイスケースに身を乗り出してきた。汗ばんだ僕の腕に、少女のふわっとした髪の毛が触れる。
「ほらそこに……って、なんじゃお主、手に持っておるではないか!」
そう言われて、自分の手に目をやる。そこには、先ほど購入したチューペット。
「んあ⁉ 色付き五家宝ってチューペットのことかよ⁉」
「ちゅ、ちゅーぺっと? さっきからお主の言う言葉はよくわからんの……」
「それはこっちの台詞だ! なんだよ色付き五家宝って」
かくしてチューペット呼び方論争に色付き五家宝派が誕生した。少数派が過ぎる。
「そのチュ、チューリップ? とやらを、我に! 我に寄越すのじゃ!」
「チューペットな。てか寄越せって言われても。これ僕とガキどもの分だし。自分で買って来いよ。もう一個取ってやるから」
「……買えぬ」
「買えないって……。なんだよ金持ってないのかよ」
「金も無いが……」
「そんじゃ諦めるこったな。……そんな目をしてもダメ。上目遣いもダメ。セクシーポーズしてもダメだってば!」
獣耳少女はモノ欲しそうな目でこちらを見上げたかと思うと、あの手この手で僕のチューペットを奪い取ろうとしてきた。くっそ、可愛いなこいつ。
チューペットを懸けたしばらくの攻防の末、とうとう諦めたのか、少女はうなだれてしまった。狐耳もしょんぼりと垂れ下がる。これ本当に付け耳か? クオリティ高すぎない?
「……わかった、わかった。しゃーないなーもー」
その姿があまりにも不憫だったので、僕も折れてしまった。
「ただ、これはやれん。ガキどもが騒ぐ。お金貸してやるから、自分で買って来い。そのうち返してくれりゃいいから」
しばらくこの島にいるんなら、再会するのもそう難しいことではあるまい。こちらとしての最大限の譲歩だ。
これで満足するだろうと思ったのだが、少女は僕のハーフパンツの裾をちまりと握りながら、いやいやと首を横に振っている。
「……さすがに一人じゃ食べ切れぬ」
「……たしかに」
結構量あるもんな、これ。まあ、けどそこは上手くやれよ。家族とか親戚とかと仲良くお食べ。解凍してジュースとして飲んでも美味しいからきっと大丈夫だよ!
「……それに」
「それに?」
「……我は買い物ができん」
買い物ができない? はじめてのおつかいはとっくに済ませていそうな年頃だが……。
しかし、そう呟いて悲しそうに目を伏せる少女の姿は、演技をしているようにも、嘘をついているようにも見えなかった。
「……一本だけだぞ」
そう言うと、少女はパアッと花が開くように笑い、うん、と大きく頷いた。
太陽が二つに増えたようだった。
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