第2話 田舎の個人商店はコンビニを騙る
秘密基地から目的のコンビニまでは、徒歩五分ほどの距離だ。
ところで、信号も無いような田舎島に、コンビニなんかあるのかというのは、僕を含め、移住間もない我が家全員が疑問に思ったことである。
その疑問は、果たしてすぐに解決されたのだが、なんということはない。島民がこぞって呼ぶコンビニとは、ただの個人商店のことだったのである。
コンビニこと村上商店は、老婆が一人で切り盛りする小さな商店である。取扱商品は、主に酒類とたばこ、加えて清涼飲料と駄菓子が置いてある。みりんや醤油などの各種調味料も一通り販売しているため、島民は結構頻繁にこの店を利用するようである。ガキたちが放課後にこの店にたむろして駄菓子を貪っている姿も、しばしば目にする。
そんな村上商店の店先には、小さなアイスケースが置かれている。中には、ゴリゴリちゃんや犠牲フライバーなど、いかにもな駄菓子系アイスが入っており、先週あたりから、ガキどものおやつ予算案がアイスケース内の商品用にシフトしているようであった。
今日の僕の目的商品もその中の一つだ。奴らがパッキンアイスと呼ぶ(僕は断然チューペット派だ)、カラフル☆不健康な見た目の棒状アイスは、値段の割に量が多く、真ん中から割って分けやすいため、大人数で食べるのに適している。解凍してジュースとして飲んでも美味しいよ!
海岸線に沿って曲がる道を歩いていくと、ようやく村上商店が見えてきた。海岸とは逆サイドにこんもりと茂る藪が作る日影が涼しい。
村上商店の手前にある藪の中には、ボロボロで今にも崩れそうな鳥居がある。かつては、綺麗な朱色をしていたのだろうが、今や鳥居は元の木の色をむき出しにして、青みがかった寂しい灰色をしている。鳥居の先には、これまたボロっちい小さな祠が祀られているが、その姿はほとんど藪の中に埋もれてしまっている。
ふと思い立って、普段は通り過ぎるこの鳥居に近寄ってみた。伸びきった夏草が、むき出しの僕の脛をくすぐる。
この神社は、かつて漁業が栄えていたこの島で、航行の安全を祈願して作られたものらしい。しかし、年々漁業が衰退していくにつれて忘れ去られていってしまったのか、役目を終えたかのように、手入れのされていない草藪にひっそりと消え去ろうとしていた。
だが、この神社が完全に島民の意識から無くなっているのかというと、それはそうではないらしい。
こういった田舎にはありがちなことだが、この島にも土着の迷信がいくつか存在する。この島に来て以来、子供たちや先輩を通じて僕もその一部を知ることとなった。腐った魚は海坊主を呼び寄せる、夜中に玄関の灯りを消してはならない、そして、神社に近づいた子供は神隠しにあう、というものだった。
この島に神社は一つしかないから、この迷信の神社も、おそらくこのボロボロ神社のことを指しているのだろう。
しかし、祠に近寄ってみても、神隠しに遭いそうなほどの霊力とかミラクルパワー的なものは微塵も感じることができない。確かに、ボロボロな神社というのはそれだけでどこか不気味なものだが、せいぜいその程度のものであり、よくて地元の肝試しスポットといった風情である。おそらくはこの迷信も、そんな肝試しの雰囲気づくりのエピソードがいつの間にか広まったものなのだろう。知らんけど。
なんなら、いっそここを心霊スポットとして世に広めてもいいかもしれない。夏休みを利用して馬鹿な大学生とかが、きもだめしだーうぇーいうぇーいとか騒いで、この島の観光産業の活性化に一役買ってくれるかもしれない。知らんけど。
さて、そろそろ本来の目的を果たさなくてはなるまい。大幅なサクセンの遅れは、隊員たちの機嫌を損ねるおそれがある。そう思って、僕はもう目と鼻の先の、村上商店へ急いだ。
店先に置かれた小さなアイスケースが目に入ると、いささか涼しくなった心地がする。
僕は暑さを急いだせいで少し切れ気味になった息を整えつつ、アイスケースの中を覗き込んだ。お目当てのチューペットは、僕を待っていたかのように鎮座しており、僕はほっと息を吐いた。もし品切れだったら、秘密基地に戻ったときにガキどもが僕をボコ殴りにしていたことだろう。我が職場ではこの程度のパワハラは日常茶飯事なのだ。労働基準監督署に相談したらなんとかしてくれんのかなあ。無理だろうなあ、たぶん。ブラック企業、ダメ、絶対。
ケースの内壁についた霜が火照った手に心地よい。ずっとここに手を浸していたい衝動に駆られながら、僕はなんとかチューペットを取り出した。コンビニのアイスケースを浴槽と勘違いしたバカッターの気持ちが、今なんとなくわかった気がしたよ。
さて、問題はここからだ。
この村上商店、一つ大きな問題を抱えていることで有名だ。
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