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おぎおぎそ

第1話 田舎の夏はガキが憎い

「……くそ、あちぃなぁ……夏のばか……あほんだら……おたんこなす……なすの漬物は噛んだ時の音が嫌い……あほんだらぁ……」


 刺すような日差しと抜けるような青空の下、海岸線に沿って走る島で唯一のコンクリート道路を、僕は一人でとぼとぼと歩いていた。

 サラウンド音声で広がるセミの鳴き声と波の音にうんざりして、自然とため息が漏れる。そのため息すら、どこかもわんとして鬱陶しい。


 額からこめかみを通って頬を伝う汗を拭いながら、僕は思う。そもそも夏というものは非常に罪深いものだ。まず第一に、暑い。なぜこんなにも暑いのか、世界のバグを疑うほどに暑い。あと虫が出る。昨日の夜中に僕のベッドに現れて朝方まで耳元でプンプン騒いでいたアイツを僕はまだ許していない。水道水がぬるいのも個人的にはイライラポイントだ。


 こんな風に列挙していけば枚挙に暇がないほどさまざまな罪状により、以前から夏というものは僕の中で極悪非道の存在であった。


 それでも夏というものが毎年毎年忘れもせず我々の元にやってくるのは、その重罪がゆえに終身刑に課せられているからであろうが、今年僕のもとにやってきたそいつは、ひと際厄介なものを引き連れていた。

 それは太平洋に浮かぶ孤島で、さして仲良くもない島民の少年少女達と、たいして楽しくもない夏休みを過ごさなければならないということだ。


 夏を憎んでやまない僕だが、それでも都内にいた頃は冷房の効いた部屋に引きこもり、あるいは、昔なじみの友人と遊びに出たりして過ごす夏休みというものを人並みに謳歌していた。おそらくは今年の夏も似たような日々を過ごすのだろうと、ほんの数か月前まではそう思っていたのだ。


 左手に見える海岸では押し寄せる白波が一定のリズムで防波堤に吸い込まれている。先ほどまで列をなして等速で進んでいた波は、反射して、あるいは分散していき、その姿はもうない。


 父の仕事の都合により、我が家は今年の春にこの島に移住してきた。

 それはつまり僕の今までの日常が死んだということを意味していた。しかもさながら波が消えていくように、一瞬で。即死だった。

 せめて終わりをもっと早く知っていたなら、何かが変わっていたかもしれない。「終活」とは言わないのかもしれないが、日常の終焉を迎えるにあたり準備できたこともあるだろう。……引っ越し一週間前まで転勤のこと黙ってたの、まだ許してねぇからな、親父。


 そんなこんなで絶海の孤島に移り住んできたわけだが、よく言えば団結した、悪く言えば閉鎖した島のコミュニティによそ者が入り込んでいくというのは、なかなかに難しい。おかげで僕の中学一年生としての人生の前半は、漠然とした疎外感に包まれたまま終わっていくこととなった。


 というか、だいたいにして僕と同じ学年の子供が島に一人もいないっておかしいだろ。せめて同い年が一人でもいてくれれば、もう少し楽しくやれたものを。そう思うと途端に恨めしくなって、右手に見える小高い丘に建つ、こぢんまりとした小中一体の校舎に目を向ける。

 二階建て木造建築の校舎は、オンボロというわけではないが、三百六十度の潮風の影響なのかハゲかかっている塗装が痛ましい。都会の洗練された建造物に囲まれて育ってきた僕から見ると、この島の建物は全てが前時代からタイムスリップしてきたかのように見えた。


 そんな校舎で今現在共に学んでいる学友は、そのほとんどが僕より年下だ。僕より上は中三に一人。残りは小学生という名のクソガキ共が五、六人だ。年上の僕を炎天下に歩かせるようなクソガキ共だ。


 高い位置から頭を焦がしてくる太陽から逃げるかのように木陰に入り、僕は足を休め一息つく。正面に見える防波堤では、件のガキたちが輪になって何やら奇妙な遊びに興じている。先ほどまで僕もそこにいたのだということが信じられないほど、エネルギッシュな空間だった。


 ここから防波堤までは直線距離で百メートルは離れているはずだが、彼らの姿ははっきりと見える。海からの風に涼もうとしても、風に乗って届く奴らの奇声に暑苦しささえ覚えるほどだ。そんな場所を彼らは「秘密基地」と呼び、毎日の遊び場としていた。僕が思うに、奴らは秘密の意味を知らない。


 暑さでやられた頭でそんな風景をボーっと眺めていると、ガキどもの保護者のように彼らをそばで見守っていた美少女が、こちらの視線に気づいたのか手を振ってきた。


 腰まで伸びた長い黒髪と真っ白なワンピースの裾が潮風に揺れる。その姿は、僕よりたった二歳年上に過ぎないのに非常に大人びて見えて――。絵画の世界から飛び出してきたような出で立ちに、僕の心臓はひときわ跳ねた。


 この島に来てからロクなことがないのだが、それでも島に来て良かった点を挙げるとするならば、彼女に出会えたことだろう。

 僕のこの島での生活において、彼女の存在は大きい。たった一人の先輩ということもあり、教わることは多かった。部活の無いこの島においての放課後の過ごし方を教えてくれたのも彼女だ。それが件の秘密基地でガキどもの作るサクセンに従事することだとは夢にも思わなかったが。


 そして僕が今、降りかかる夏にうんざりしながら歩いているのも、そのサクセンの一環である。全ては、ガキどもの中でも年長の、こんがり日に焼けた少年の発言から始まった。


「諸君、本日は非常に暑い」

「我々、子供たちはサクセンの完全遂行のために、熱中症に気をつけなければならない」

「しかるに我々は、水分、もとい適切な栄養を補給しなければなるまい」


 だいたいこんなような口上をのたまった末、従軍歴の一番浅い僕が、コンビニにパッキンアイスを買いに行くという任務を仰せつかった。つまり、パシリである。ガキの使いってそういう意味じゃなかったはずなんだけどなあ……。


 普段の僕だったら、年下の命令に(お願いではない、命令なのだ)従ったりせず、家に直帰するところだが、「この子達が買いに行って何かあったりしたら大変だから、ね? お願い」と先輩に両手を合わせられてしまったら、断るわけにもいかない。これは別に先輩が可愛いからとか美少女だからとか、そのせいであまり上手く先輩としゃべれないからとか、そういうわけではない。直属の先輩命令だからね! 縦社会の日本では断れるわけないよね!


 かくして僕は件の防波堤を出発し、夏の暑さに即バテて木陰で一休みする、という今に至るわけだ。我ながらなんとも情けない。

 先ほどから手を振り続けてくれている先輩に元気づけられ、さあもう一度炎天下に繰り出そうかと足を踏み出した、その時だった。


「お~い、悠太! 早く行けよ!」

「そーだぞ! 俺らが熱中症で倒れたらお前の責任だかんな!」


 先輩が僕に手を振っているのに気づいたのか、ガキどもがなにやら生意気なことを言ってきた。何度も指摘したのに、相変わらず年上の僕のことは呼び捨てだ。

 ガキどもをジト目で睨みつけつつ、先輩に救いを求める視線を投げるが、先輩は困ったように笑うだけ。はいはいわーったわーった。行きますよ。行けばいいんでしょ、まったく。


 僕は再び、灼けたコンクリートの上をとぼとぼ歩きだす。まだギャーギャー言ってやがるガキどものせいで、背中の奥の方が騒がしい。


 道路には、僕以外の人影がない。だいたい、信号機が無いような島なんだから、車なんか通りっこないのだ。だから別にチビッ子に買いに行かせたって事故なんか起こりやしませんよ、先輩。


 ジジッと、木陰でセミが飛ぶ音が聞こえた。

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