第14話(改) 現代/一人称/すこしふしぎ

 赤い羽募金が嫌いだ。

 あくまでただの募金活動であって、寄付者の意思に基づくものであるはずなのに、まるで参画することが当然であるように、喜捨の心を持つことが市民一般の義務であるかのように、募金を強要する。どう考えても間違っている。

 思えば小学生の時分にすら、季節になると十円玉を一枚握りしめて登校させられた。信じられるか。収入などあるはずのない、個人の資産なんてゼロに等しいはずの幼い子供にまで、学校が『募金』の『義務』を与えていたのだ。全くもって意味がわからない。募金に参加した証として、名札に赤い羽を貼らない生徒は白い目で見られた。イカれている。そんないじましい方法で集めた十円玉の山が一体何に使われていたのかも、俺は今でも知らない。全く馬鹿げている。

 大人になった今も、自治会の義務として誰かが集金を課せられ、募金を迫られている。悪習だ。俺は自治会費だって街灯代だって夏祭り代だってきちんと払うが、赤い羽は絶対に買わない。協調性がないと白い目で見られたって、自由意志に反する募金にだけは絶対に参加しない。

 今年もまた、募金活動の季節が来た。俺は『赤い羽お断り』の看板を出して、集金者に備える。時折、羽は渡さないから募金だけしてくれと言ってくる盗人猛々しいやつがいる。俺はそういうときには、百円くらい渡すことにしている。俺にとって最初からゴミとしてしか存在していないものをさも大義そうに『俺の良心の対価として』渡してくるやつよりは、金を集めることしか考えていないやくざのようなやつのほうが好感が持てるからだ。

 まあ、なんのかのと言っても、ドアホンの下の張り紙を見てさっさと引き上げてくれるやつが一番好きだ。今年の担当者もそうであればいいと思いながら三時のお茶をとっていると、キンコンとチャイムが鳴った。宅配便の予定はないから、どうせ募金だろうと機嫌の悪さを隠さず応答すると、すかさず「ピンクの羽、要りませんか〜!」と随分と幼く、底抜けに明るい声がした。

 なんとやつら、あざとくも子供を使い、色など変えてきやがった。赤でなければいいとでも思ったのか。馬鹿にしている。

「結構です。募金活動は俺がしたい時に自由にさせて頂きます」

 いつも通りの答えを叩きつけてインターホンを切ろうとすると、機械の向こうの声は「募金ん?」と馬鹿にしたような声をあげた。

「そんな、募金だなんて、お兄さん。これはね、商売ですよ。ぼくはぼくの自慢のピンクの羽を売る。お兄さんは見たこともない素敵なピンクの、良縁を呼び込む素晴らし〜い羽を買う。ぼくは羽を売ったお金で、美味しいご飯を食べる。ごく当たり前のことでしょう?」

「募金じゃない?」

 思わず聞き返すと、集金人は当然だと頷いた。

「これはぼくの自慢の羽です。毎日せっせと手入れをして、やっとここまで育て上げたんです。どこかの誰かの生活を良くするためなんて、迂遠なことに使ってどうするんです。ぼくが飢えたら、次の羽も磨けないじゃないですか」

 滔々と語る声に俺はしばし呆然としたが、まあそこまで言うならドアくらいは開けてやろう、という気になった。相手が口の達者なだけのただの集金人だったら十円玉でも放り投げて追い払えばいいし、本当に羽を売りにきたというならそれはそれで興味深い。

 そうして「今出てやる」と答えてから一分後、俺は万札を出してピンクの羽を買っていた。なにしろそれは、本当にピンクの羽だったのだ。肌色がかった白毛の小鳥が大事そうに嘴に咥えた、艶めくピンクの尾羽。それを見た瞬間、俺はもう何も否定する気になんてなれなくて、小鳥の首に下がった古びたがま口に万札を一枚入れて輝く羽を受け取っていた。

 小鳥は入れられた金額に満足したのかすぐに嘴の力を緩めると、「来年も楽しみにしていてね!」と笑って飛び立っていった。

 部屋に戻ってからもしばらくは呆然として、幻覚か、と思っては手元の羽を眺めてしまった。物証がある、はずなのにまるで現実味がない。

 羽を見たり、窓の外を見たり、財布の中を見たりを繰り返しているうちに一時間近くが経った。いつまでもこうしていても仕方がない。一旦忘れようと思いはじめた頃に、再びドアホンが鳴らされた。

「こんにちは! 宝くじに当たる、檳榔子黒の羽要りませんか!」

 俺は即座に、買うよ、と答えた。

 そうして種々様々な小鳥たちが続々と俺の家を訪れては、次々と羽を売りつけてきた。俺はそれらを一枚も漏らさず買い取った。手持ちが尽きて千円札を渡してみると小鳥はヂィイと舌打ちしたので、彼らもきちんと紙幣の価値を理解している。仕方ないので最寄りのATMまで走っておろせるだけおろして帰ってくると、色とりどりの小鳥たちが二十羽ほどたむろしていて、俺は銀行まで車を飛ばした。

 今、俺の家には二百五枚の羽がある。ピンク、ベージュ、象牙色、瑠璃色、錆色、縹色、萌葱色、深緑色、向日葵色、鬱金色、レモンイエロー、濃色、淡藤色、紫檀色。あらゆる色が揃い、考えつく限りのご利益も並んだが、プラスチックのような安っぽい赤は見当たらない。グラデーションを描くように手持ちの羽を額装しながら、赤い羽募金、今年は参加してやってもいいかな、などと思った。

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