11〜20

第11話 ファンタジー/一人称・独白/メルヘン

 虹の根元には宝物が埋まっている。

 そんな言い伝えを本気にして、虹を追って走っていた。

 必死になって走って、走って、けれど近づけばたちまちかき消えてしまう。虹とは幻に等しいものだと、夜空の月を追うよりも虚しい試みだったのだと、気づいた時にはもう帰り道などわからなくなっていた。

 家に帰れなくなったわたしは、当て所もなくフラフラと放浪を続けた。伝説を本気にするくらいには幼かったから、どこへ行っても誰かしらが世話を焼いてくれた。どこから来たんだい、名前は、親は。迷子だって? かわいそうに。昼飯くらい食わせてやるよ。なんだいそのボロ靴は、家には送ってやれないが息子のお古をあげるから無事に家まで帰りなさい。

 そんな日々を過ごしていたから、成長してからもなんとなく、生きていく術がわかっていた。長い旅をしているんです、生き別れの両親に会いたくて。路銀が底を尽きているので、日雇い仕事をさせてくれませんか。

 放浪の生活が板についていたおかげか、断られることは数えるほどしかなかったし、隣の家に声をかければすぐに色よい返事がもらえた。

 そうして彷徨い続けて何十年も経って、こいつは妙だと気がついた。本当に一向に、故郷に帰りつけないのだ。忘れないように何度も口に出して、文字を覚えてからは木切にもマントにも書き付けていた村の名前を、誰一人知らないのだ。わたしが名乗って、父や母の名を明かすと、変わった響きだねえどこの生まれだい、と屈託なく聞かれる。

 自分の生まれ育った村が田舎の小村だったことは、長い旅の間に嫌というほど思い知った。けれど、いくらうろ覚えだからと言って村の属する領地の名も、治める領主の名さえも、変わった響きだねえ海の向こうから来たのかいと言われるのだから、いよいよおかしい。わたしには、小川を何度か渡った記憶はあっても湖を見た記憶すらなかった。

 おかしいといえば、何十年も旅を続けていることもおかしかった。いい歳をした男が定職も持たず生き別れの親を探しているなんていかにも胡散臭いはずなのに、誰もそんな素振りを見せやしない。そういえば、幼い頃父が蓄えていた立派な髭の片鱗すら自分には見えず、顎の産毛をあたったこともない。

 慌てて鏡を借りて自分の身なりを確認すると、そこには十やそこらの幼い子供が写っていた。虹の根元を探して家を飛び出したあの日から、わたしはまるで歳をとっていなかったのだ。

「虹の根元には、宝物が」

 呆然と呟く声は紛れもなく幼げなアルトで、けれどどこか掠れたような老成した響きが混ざって、奇妙に落ち着いて聞こえた。

 これが、虹の根元の宝物だったのだろうか。わたしは、虹の根元にたどり着いていたのだろうか。

 何もわからなくなり、何日も呆けたように過ごしてしまった。その時わたしに寝食を恵んでくれていた老夫婦は、役に立たない子供を疎むどころか、長旅の疲れが出たのだろうと哀れんで自分の子か孫のように世話を焼いてくれた。

 そうして二週間ほど慈しまれて過ごした末に、わたしは魔術師と出会った。放浪の旅を始めてから見知った魔術というものは高等の学問で、その男も大層な知識家であったが、空恐ろしいほどに方向感覚が狂っていた。故郷に帰れなくなってしまったわたし以上に、自分の家への帰路を見誤っていた。

 それ以上老夫婦に迷惑をかけることが心苦しかったわたしは、己の苦悩から逃げるためにも、男の道案内を買って出た。幸いにも知能だけはずば抜けて高かった男は、自宅の住所を淀みなく口にした。そこはわたしも以前に訪れたことのある、谷間の小さな国の城下町だった。

 少し目を離せばよそ見をして脇道に逸れていく男の腰に縄を打って、わたしたちは旅を始めた。魔術師は自分の欠点を自覚した男で、そのおかげか高慢なところがなかった。教えてくれと言えば簡単に魔術の精髄を開陳した。そんなに気安く口にしてよいのかと、わたしの方が焦ったほどだった。しかし男は、傲慢ではないが間抜けでもないのだった。

「君には魔術の才のかけらのかけらがある。聞けば君は帰りつけない故郷を探しているみなしごだという。みなしごというのは、本人は認めないが大抵捨て子なのだよ。これも何かの縁、君をわたしの弟子にしてあげよう」

 魔術師は間違っていた。何しろわたしは、自ら家を飛び出したのだ。けれど、まるでお伽噺の妖精のようになってしまった身には、それはいかにもふさわしい道に思えた。

 こうして魔術師の弟子となり、一人前の魔術師となったわたしは、ときどき戯れに虹を作っている。根元には金貨を模したチョコレートを小瓶に入れて埋めているが、誰も伝承を知らないのか、三十八枚の金貨は未だに土に埋まっている。

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