第7話 現代/一人称・独白/シリアス

 あした、髪の毛を切りに行く。

 『髪は女の命だから』決して切ってはいけないのだと、幼い頃から厳しく言いつけられていた。たぶん、生まれてから一度も、この髪に刃物を通されたことはない。

 あした、生まれて初めて、十三年も伸ばし続けた髪を、とうとう切り詰めてしまう。

 くるぶしの辺りまで伸びた髪を根元から毛先まで綺麗に保つのは本当に大変で、けれど『女の子の髪は綺麗にしておかなくちゃ』いけないから、宿題をする時間が削れても、髪の手入れに時間を費やすことが許された。そうすることを望まれていた。

 あした、十三年も丹精込めて手入れを続けた髪を切りに行くのは、望む人がいなくなったから。

 誰にも望まれていないものを、それでも自分だけは大切にしたいと思うほど、髪への執着はない。大事にするよう躾けられて、この五年ほどは自分でもせっせと手入れを重ねて、美しい髪は尊いものだという価値観を育むことを期待されて、実際そうなるのが自然なはずなのに、結局義務感以上の思いは生まれなかった。いつの頃からか、物心ついたときには己と他者との隔たり、周囲との差異に気づいていた。あまりにも過剰なことだと感じ取っていた。あの人の髪への執着が、怨念であることを理解していた。同じ執着を抱くことはできなかった。

 あした、この髪をばっさりと切り捨てることに、なんの未練も持っていない。

 『こんなにこんなにこんなに綺麗にお手入れしたのに、お前が女の子に見えるのは後ろ姿だけ、お前の髪はこんなに綺麗な女の子の髪なのに、お前はどんどん醜くなっていく』

 呪いの塊は、本来あるべきところへ、のろいがまじないに、祝福になる場所へ送り出そう。

 そうして望まれた女の子を脱ぎ捨てて、ついに正しい人生が始まる。これは祝いの門出だ。

 あした、僕は髪の毛を切りに行く。

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