第4話 現代/一人称/すこしふしぎ/改行がない
昨日、宇宙人が降ってきた。蛍光ピンクのスライムに猫みたいな目玉が四つ埋まった姿で、名前はミヤダ。すごい人間みたいな名前じゃん、と言ったら、人間みたいじゃない名前ってどんなの? と聞き返された。ミヤダの妙な冷静さになぜだかたじろいでしまったが、スペタランゴンガとか、たぶん人間っぽくないよ、と答えた。スペタランゴンガかあ、とミヤダは間違えもせず繰り返して、本当にいないかな? 地球の裏側にも? と更に質問を重ねてきた。禅問答かと思いながらも、日本の裏側はブラジルなのでスペタランゴンガは絶対いないよと教えてやった。ブラジル人はガブリエルとかペドロとかジュリアとかラウラとか、割と日本人にも耳慣れた名前が多い。遠い昔に西欧諸国の植民地になったから当たり前かもしれない。そういうことを説明してやったが、ミヤダは縦長の瞳孔を髪の毛くらいにキュッと細めてふゃふゃふゃと笑った。対蹠点の話じゃなくてさ、本当の裏側の話だよ、地球の皮をベロンとめくった裏っかわの話。言いながら、ミヤダはスライム状の体をぎゅるんと捻って輪を作った。メビウスの輪。その表と裏に二つずつ分かれた目がぎょろりとこちらを見ていた。そんなのあるわけないじゃんと笑ってはみたものの、今まさに空想みたいな宇宙人と会話をしているのに、裏側がないなんて断言できないかもしれない。だからちょっと自信のない声になってしまい、当然それはミヤダにもバレていて、ミヤダはまたふゃふゃ、と笑った。重力に従って全身の力を抜いたようにべちゃっと輪の形を崩し、地面に張り付いたガムのような姿のまま目線をこちらにむける。僕らはねえ、君たちが宇宙の果てを探しているように、裏っかわに行って帰る道を探しているんだよ、そう言うミヤダはちょっと疲れたようで、でもうっとりと幸せな夢を見ているようだった。ミヤダの種族はおよそ五億体いて、国家は百二十三、民族は二百八十ほどあるらしい。その中でも、ここ二千年ほどの間一度として裏側探索士を輩出したことのない、小さな国の代表として選抜試験に臨み、見事に合格して自分の船をもらってここまで来たんだそうだ。本当は、ナャゴサジヤ(というのがミヤダの星の名前らしい)の裏側に辿り着くのが目的で恒星間の航行をする必要なんてないはずなのだけど、今の技術では裏側移転にはものすごい加速度が必要で、一度外宇宙に出る必要があるらしい。ミヤダはホミヒェヶ(という星が太陽系の近くにあるらしいがどこのことなのかわからない)の引力を利用してナャゴサジヤ方向に戻り裏側突入するはずが、計算を誤って地球に不時着してしまったという。宇宙船はどうなったのか尋ねると、無事は無事だが必要な速度を出すための燃料が不足しているらしい。のろくっても飛べるなら帰れるんじゃないか? もしかしたら、地球の燃料だって使えるかもしれないし。そう提案してみたら、ミヤダはくぇくぇ、と笑って四つの目を閉じた。無理無理、ここはもう裏側なんだ、もう一回表側に戻らなきゃ、僕には母星の場所もわからない。裏側がこんなに勝手が違うとは思わなかった。それでも、この惑星に会話の可能な知性体が存在していたのは運が良かった、絶望も退屈も紛れるからね、そんなことをぺらぺらと喋って、ミヤダはいっそう薄く広く体を伸ばして地面にへばりついた。ミヤダ、家に帰れないの? なんと言ったらいいかわからず、だけど沈黙も気まずくて尋ねてみると、ミヤダはたぶんねと短く答えた。ミヤダの寿命ってどれくらい? という質問には、嫌なことを聞くやつだな、とムッとした声が返ってきた。四、五百年ってとこだよ、それまでにお前ら、もっとエネルギー効率のいい燃料を開発できるかなあ、なんてぼやいたが、全然期待してない口ぶりだった。しおれたミヤダが可哀想で、人間、あんまり賢くなくてごめんね、と謝ると、技術者でもなんでもない子供が頑張ってる大人を侮辱するもんじゃない、と怒られた。理不尽だと思ったけど、確かに何もしてない自分が人間の代表面するのは傲慢だなと思い直して、これも何かの縁だからこれから航空宇宙工学でも学んでみるかと決意した。それが昨日のこと。今日、僕は朝から工学部に向かう学生を吟味している。まずは一期生に取り憑いて、基礎からゆっくり学んでいこう。基礎が固まれば、ミヤダの蘊蓄も少しは理解できるようになるはずだ。二百年の倦怠を打ち破って始めるキャンパスライフに、僕は柄にもなくドキドキしていた。
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