8話 しゅれでぃんがーの

 かの天才の思考実験。

 あの箱には、死んでいるネコと生きているネコが同時に存在している。開くまでは。

 でも、私の開けた箱には、死んだネコが入っているだけだった。きっと開く前も。


 このお話に探偵はいない。

 ただ事実を暴くだけ。

 きっとそれは、かの箱を開くことと同じ。

 未来は無限に存在している。私はそう信じたいから…。


******************************


「…で?」

 葉月は大きなため息をついた。


「私に手伝えって?」


 シンプルな家具で統一された六畳の洋室。

「…ごめん」

 彼女の出してくれた麦茶を一口飲んで、呟いた。

「突然、来たかと思えば、勝手言うんだから…」

 そう言いながらも、いつも助けてくれる彼女の優しさに甘えてしまう。


「あと、もうひとつ確認したいことがあって…」


「ただいまー!

 あれ?誰か来てんのー?」

 彼だ!全身の毛が逆立つのを感じた。


「おぉ、いらっしゃい!」

 癖毛の目立つ細みの青年が居間から顔を覗かせる。

「…。おじゃま…してます…」

 小森こもりけん。葉月が同棲している彼氏。

 私は彼が苦手だ。葉月には申し訳ないけれど…。

「もう!帰る前に連絡してっていったじゃーん!

 買い物お願いしたいものあったのにー!」

 ただ、彼女もそのことは分かってくれていて、私と彼が顔をあわせることは少ない。

しかし、今日は。

「…私、賢くんに聴きたいことがあるんだ」


 自分の声が震えているのが分かった。

 葉月の心配そうな視線を感じる。小さく深呼吸をしてから、口を開いた。


「どういうときに、ネコを殺したくなる?」


 彼の眠たげな瞳がパッと開く。


 急にごめんね。


 カランっと、麦茶の氷が溶ける音がした。

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