9話 きゅうしに一生

 午前二時。

 街灯が照らす深夜の公園。明るい白熱灯が闇をより際立たせる。

 まるで現実とは別世界のような雰囲気が漂うそこでは、砂場に忘れられたスコップすら、どこか異質に見えた。


 そこへ一匹のネコが現れる。全身真っ黒のネコ。

 彼女はまるく照らされた公園を横切って、砂場へと向かう。昼間に遊んだ子ども達が被せるのを忘れたのか、砂場には網がかかっていなかった。

 ネコは迷い無く砂場へ向かうと、クンクンと物色し始める。落ち着く場所をみつけると、用を足す態勢に入る。

 そのとき、すぅーっと大きな影が近づいた。側の遊具に身を隠していたその影にネコは気づいていない。音もなく近づいたその影は長い鈍器のようなものを振り上げると、ネコに向かって勢いよく叩きつけた。

 そのとき、

「ストーップ!」

 女性の大声が響く。


 黒猫は跳び上がって、逃げ去り、砂場には金属バットを握り締めたひとりの青年が残された。


「こんなところで、会いたくなかったよ…」

 宇野葉月は、そう哀しげに呟きながら、青年に近づく。

「根住晃くん…」

 青年がゆっくり降ろしたバットが軽く地面にあたり、カツンと小さく響いた。


******************************


 風が木を揺らし、二人を囲む影がなびいた。

 月より明るい街灯が二人の間を白く照らす。


「えーと…何から話そうか?」


 引き攣った笑顔を浮かべる葉月に、コウは背を向けたまま、口を開く。

「…どうして俺だと?」

 いつもの優しさは微塵も感じられない、冷たい声だった。

「あー…それ気になるよね…」

 なぜかそこで口籠る葉月。

「その…何というか…そう!目撃証言だよ!

 君、あっちこっちで殺し過ぎ。

 死体を潰したりもしてたでしょ…」


 コウは長いため息をついて、振り向いた。

「うん…。さすが、地元ネットワークは凄いね」

 彼はいつもの根住晃だった。

 一瞬ホッとしたように表情を緩めた葉月は、腕を組むと再び顔をしかめる。

「どうしてこんなことしたの?」


 コウはすぐには応えず、ノロノロとベンチに向かうと、ドシンっと腰を下ろした。


「嫌いだから」


「は?」


 白く照らされた公園の中。隅のベンチで俯く彼の顔は葉月には、よく見えなかった。

「嫌いなんだよ」

 風が凪ぎ、まるで周りの時が止まったように静まり返る。

「庭に糞をされたんだ。

 …そんな顔するなよ。そう、ただの糞。

 でも、ネコの糞は寄生虫の危険があるから、土ごと捨てなきゃならないし、早く処理しなきゃいけない。結構大変なんだ。

 そんなことを何度も何度も何度もされるのが、どれだけ苦痛だと思う。土だって、どうでもいい土じゃない。庭の草木のために、手塩をかけて育てた土だ。

 それを知らないネコのせいで捨てなきゃならない気持ちがわかる…?

 あぁ、もちろん、最初は殺すつもりなんかなかったさ。ただ、のほほんと幸せそうに眠っている姿が腹立たしくて、脅かすだけのつもりだったんだ…。

 でも、打ちどころが悪かったのか、殺してしまった。

 可哀想だと、申し訳ないと思ったさ…。でも、野良猫は山のようにいるじゃないか。だから…」


「本当に?」

 葉月は、言い訳をするように叫び続ける彼の肩を掴み、覗き込んだ。

「本当にたくさんいるから、ちょっとくらい殺してもいいと思う?」


 彼女を振り払うように、顔をそらすと、立ち上がりると、ベンチを蹴りつけた。

「くそっ!くそっ!くそっくそっ!」

 何度も、何度も…。


******************************


 雲ひとつない星空。三つ星の巨人は西の空へと沈んでいく。


「それで?どうするの?」

 葉月はぶっきらぼうに尋ねた。

「…警察行くよ、犯罪だし」

 立ち上がった彼はまた背中を向けていたが、もう遠くはなかった。

「それに、地域の人には俺がやってたこと知られてるんだろ?」

「んー…まぁね。それよりも、」

「玄野には!」

 葉月の言葉を遮ったコウは、自分でも少し戸惑いながら、言葉を繋ぐ。

「玄野には…出来れば言わないで…くれ」

「嫌われたくないから?」

 葉月が鼻を鳴らして、顔をしかめると、彼は視線を漂わせ、困った顔をした。

「いや、傷つける気が…するから。

 あぁ、いや、任せる…傷つけないように、上手く言っといて」

 彼女は一瞬目を丸くしたものの、再び顔をしかめて、微笑んだ。

「おっけー…」

 何か言葉を飲み込んで、煙草を火をつけずに咥えると、大きく息を吐き出した。


 空はもう仄明るい。


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