9話 きゅうしに一生
午前二時。
街灯が照らす深夜の公園。明るい白熱灯が闇をより際立たせる。
まるで現実とは別世界のような雰囲気が漂うそこでは、砂場に忘れられたスコップすら、どこか異質に見えた。
そこへ一匹のネコが現れる。全身真っ黒のネコ。
彼女はまるく照らされた公園を横切って、砂場へと向かう。昼間に遊んだ子ども達が被せるのを忘れたのか、砂場には網がかかっていなかった。
ネコは迷い無く砂場へ向かうと、クンクンと物色し始める。落ち着く場所をみつけると、用を足す態勢に入る。
そのとき、すぅーっと大きな影が近づいた。側の遊具に身を隠していたその影にネコは気づいていない。音もなく近づいたその影は長い鈍器のようなものを振り上げると、ネコに向かって勢いよく叩きつけた。
そのとき、
「ストーップ!」
女性の大声が響く。
黒猫は跳び上がって、逃げ去り、砂場には金属バットを握り締めたひとりの青年が残された。
「こんなところで、会いたくなかったよ…」
宇野葉月は、そう哀しげに呟きながら、青年に近づく。
「根住晃くん…」
青年がゆっくり降ろしたバットが軽く地面にあたり、カツンと小さく響いた。
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風が木を揺らし、二人を囲む影がなびいた。
月より明るい街灯が二人の間を白く照らす。
「えーと…何から話そうか?」
引き攣った笑顔を浮かべる葉月に、コウは背を向けたまま、口を開く。
「…どうして俺だと?」
いつもの優しさは微塵も感じられない、冷たい声だった。
「あー…それ気になるよね…」
なぜかそこで口籠る葉月。
「その…何というか…そう!目撃証言だよ!
君、あっちこっちで殺し過ぎ。
死体を潰したりもしてたでしょ…」
コウは長いため息をついて、振り向いた。
「うん…。さすが、地元ネットワークは凄いね」
彼はいつもの根住晃だった。
一瞬ホッとしたように表情を緩めた葉月は、腕を組むと再び顔をしかめる。
「どうしてこんなことしたの?」
コウはすぐには応えず、ノロノロとベンチに向かうと、ドシンっと腰を下ろした。
「嫌いだから」
「は?」
白く照らされた公園の中。隅のベンチで俯く彼の顔は葉月には、よく見えなかった。
「嫌いなんだよ」
風が凪ぎ、まるで周りの時が止まったように静まり返る。
「庭に糞をされたんだ。
…そんな顔するなよ。そう、ただの糞。
でも、ネコの糞は寄生虫の危険があるから、土ごと捨てなきゃならないし、早く処理しなきゃいけない。結構大変なんだ。
そんなことを何度も何度も何度もされるのが、どれだけ苦痛だと思う。土だって、どうでもいい土じゃない。庭の草木のために、手塩をかけて育てた土だ。
それを知らないネコのせいで捨てなきゃならない気持ちがわかる…?
あぁ、もちろん、最初は殺すつもりなんかなかったさ。ただ、のほほんと幸せそうに眠っている姿が腹立たしくて、脅かすだけのつもりだったんだ…。
でも、打ちどころが悪かったのか、殺してしまった。
可哀想だと、申し訳ないと思ったさ…。でも、野良猫は山のようにいるじゃないか。だから…」
「本当に?」
葉月は、言い訳をするように叫び続ける彼の肩を掴み、覗き込んだ。
「本当にたくさんいるから、ちょっとくらい殺してもいいと思う?」
彼女を振り払うように、顔をそらすと、立ち上がりると、ベンチを蹴りつけた。
「くそっ!くそっ!くそっくそっ!」
何度も、何度も…。
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雲ひとつない星空。三つ星の巨人は西の空へと沈んでいく。
「それで?どうするの?」
葉月はぶっきらぼうに尋ねた。
「…警察行くよ、犯罪だし」
立ち上がった彼はまた背中を向けていたが、もう遠くはなかった。
「それに、地域の人には俺がやってたこと知られてるんだろ?」
「んー…まぁね。それよりも、」
「玄野には!」
葉月の言葉を遮ったコウは、自分でも少し戸惑いながら、言葉を繋ぐ。
「玄野には…出来れば言わないで…くれ」
「嫌われたくないから?」
葉月が鼻を鳴らして、顔をしかめると、彼は視線を漂わせ、困った顔をした。
「いや、傷つける気が…するから。
あぁ、いや、任せる…傷つけないように、上手く言っといて」
彼女は一瞬目を丸くしたものの、再び顔をしかめて、微笑んだ。
「おっけー…」
何か言葉を飲み込んで、煙草を火をつけずに咥えると、大きく息を吐き出した。
空はもう仄明るい。
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