7話 しんじつのあい

「…どうして、あんな酷いことするんだろ」


 バイトがあるという葉月と別れ、私はコウくんと二人歩いていた。


「…え?」


 話が途切れたときに、ふと心の声が漏れてしまった。

 キュッと音をさせて、自転車を止めたコウくんがキョトンとこちらを見つめている。徒歩の私にあわせて、押して歩いてくれていたのに、申し訳ない。


「…ごめん。…さっきのネコの話。

 葉月も言ってたじゃん?

 最近、ネコを…イジめる人がいるって。そのこと考えてた…」


「…あぁ。その人が野良猫を殺してるかもって話か。酷いよな」


 再び、ぐっと自転車を押して歩き始める。

「でも、ネコは嫌いな人も多いしな。

 ……発情期の声がうるさいとか、庭に糞尿をされるのが嫌とか、葉月ちゃんの彼氏みたいに動物全般が嫌いとか…。

 あと、俺みたいにアレルギーがあるとかね」


 そう言って口元を歪めた彼の視線は私ではなくて、道の先を見つめていた。自転車を押しているんだから、当然なんだけど、私はその横顔が寂しくて、少し言葉に詰まる。


「…でも、傷つけなくても…。殺さなくても良くない?」


「…そうだね」

 交差点の信号が赤になった。

「嫌いだからって、殺すなんて…ね。」


 車の少ない道なので、赤でも渡る人は多いのだけれど、私たちは信号が変わるのを待った。でも、私ひとりなら、渡っていたと思う。

 空はまだほんのり明るいけれど、東の空には夜が迫ってきていた。


「…ねぇ。コウくんは、アレルギーなだけで嫌いじゃないんだよね?」


 信号が変わる。


「まっさかー!嫌いなら今日来ないでしょ!」


 すがるように見上げる私に、彼は満面の笑みで振り向く。自転車が少し傾いた。


 『夕方に雨』と天気予報で言っていたのに、まだ降る気配はない。降らないのなら、私も自転車で来れば、よかった…。


******************************


 男はダンボールを床に置いた。

 中には、一匹のネコ。

 興奮しているのか、息が荒い。

 彼はすぐに蓋を閉じると、ガムテープで封をし、クルリとひっくり返した。中で、ネコが暴れるのもお構いなしに、底側も封をして、浴室に運ぶ。

 そして、ネコが騒ぐその箱を空の湯船に置くと、蛇口を捻って、浴室を出た。


*****************************


 あの後、私はまっすぐ帰らずに、河へと向かっていた。


 コウくんは、洗濯物が溜まっていたの思い出したらしく、『コインランドリーが閉まるから』と、自転車に乗って先に行ってしまった。

 何だかモヤモヤの晴れないままの私。ちょっと気分転換に遠回りをすることにした。

 実は、近くの河の土手が私のお気に入りスポットなのだ。

 晴れの日は、ポカポカと暖かくて、河のせせらぎが心地よい。大きな河の土手なので、視界が開けていて、見晴らしもいい。それに、民家や道からも少し離れていて、あまり人も来ないし、安心して、のんびり出来るのだ。ひとりになりたいときは、そこに行くことにしている。

 こんな時間じゃ、寒いかもしれないけど、まぁその時は潔く帰ろう!

 と、河の近くまで来たとき、後ろから気配がした。


「どぉーん!」


 バッと振り返ると、洗濯カゴを抱えて、いたずらっぽい笑顔のコウくん。…びっくりしたぁ。


「あれ?家この辺だったの?」


『あれ?』じゃねーよ!いつも後ろから脅かしやがって!もう!

 ホッとして、ふらふらと後ろに下がると何かに躓いた。


 両腕で抱えられるくらいの大きな黒い袋。

 口が括られていなくて、中には濡れたダンボールが入っているのが見えた。

 嫌な予感がした。

 身体が震えて、胃から何かがせり上がってくるのを感じた。

 触っちゃいけない。

 コウくんが止める声も聴こえた気がするけれど、私はその箱の蓋を開けずにはいられなかった。


 視界の端で青い可憐な花が風に揺れていた。この草は何という名前だっただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る