7話 しんじつのあい
「…どうして、あんな酷いことするんだろ」
バイトがあるという葉月と別れ、私はコウくんと二人歩いていた。
「…え?」
話が途切れたときに、ふと心の声が漏れてしまった。
キュッと音をさせて、自転車を止めたコウくんがキョトンとこちらを見つめている。徒歩の私にあわせて、押して歩いてくれていたのに、申し訳ない。
「…ごめん。…さっきのネコの話。
葉月も言ってたじゃん?
最近、ネコを…イジめる人がいるって。そのこと考えてた…」
「…あぁ。その人が野良猫を殺してるかもって話か。酷いよな」
再び、ぐっと自転車を押して歩き始める。
「でも、ネコは嫌いな人も多いしな。
……発情期の声がうるさいとか、庭に糞尿をされるのが嫌とか、葉月ちゃんの彼氏みたいに動物全般が嫌いとか…。
あと、俺みたいにアレルギーがあるとかね」
そう言って口元を歪めた彼の視線は私ではなくて、道の先を見つめていた。自転車を押しているんだから、当然なんだけど、私はその横顔が寂しくて、少し言葉に詰まる。
「…でも、傷つけなくても…。殺さなくても良くない?」
「…そうだね」
交差点の信号が赤になった。
「嫌いだからって、殺すなんて…ね。」
車の少ない道なので、赤でも渡る人は多いのだけれど、私たちは信号が変わるのを待った。でも、私ひとりなら、渡っていたと思う。
空はまだほんのり明るいけれど、東の空には夜が迫ってきていた。
「…ねぇ。コウくんは、アレルギーなだけで嫌いじゃないんだよね?」
信号が変わる。
「まっさかー!嫌いなら今日来ないでしょ!」
すがるように見上げる私に、彼は満面の笑みで振り向く。自転車が少し傾いた。
『夕方に雨』と天気予報で言っていたのに、まだ降る気配はない。降らないのなら、私も自転車で来れば、よかった…。
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男はダンボールを床に置いた。
中には、一匹のネコ。
興奮しているのか、息が荒い。
彼はすぐに蓋を閉じると、ガムテープで封をし、クルリとひっくり返した。中で、ネコが暴れるのもお構いなしに、底側も封をして、浴室に運ぶ。
そして、ネコが騒ぐその箱を空の湯船に置くと、蛇口を捻って、浴室を出た。
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あの後、私はまっすぐ帰らずに、河へと向かっていた。
コウくんは、洗濯物が溜まっていたの思い出したらしく、『コインランドリーが閉まるから』と、自転車に乗って先に行ってしまった。
何だかモヤモヤの晴れないままの私。ちょっと気分転換に遠回りをすることにした。
実は、近くの河の土手が私のお気に入りスポットなのだ。
晴れの日は、ポカポカと暖かくて、河のせせらぎが心地よい。大きな河の土手なので、視界が開けていて、見晴らしもいい。それに、民家や道からも少し離れていて、あまり人も来ないし、安心して、のんびり出来るのだ。ひとりになりたいときは、そこに行くことにしている。
こんな時間じゃ、寒いかもしれないけど、まぁその時は潔く帰ろう!
と、河の近くまで来たとき、後ろから気配がした。
「どぉーん!」
バッと振り返ると、洗濯カゴを抱えて、いたずらっぽい笑顔のコウくん。…びっくりしたぁ。
「あれ?家この辺だったの?」
『あれ?』じゃねーよ!いつも後ろから脅かしやがって!もう!
ホッとして、ふらふらと後ろに下がると何かに躓いた。
両腕で抱えられるくらいの大きな黒い袋。
口が括られていなくて、中には濡れたダンボールが入っているのが見えた。
嫌な予感がした。
身体が震えて、胃から何かがせり上がってくるのを感じた。
触っちゃいけない。
コウくんが止める声も聴こえた気がするけれど、私はその箱の蓋を開けずにはいられなかった。
視界の端で青い可憐な花が風に揺れていた。この草は何という名前だっただろう。
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