6話 しずかなお昼どき②

「はあぁぁ…癒やされる…。

 あぁ…猫飼いたい…」


 毛皮を優しく撫でながら、うっとり呟く葉月。きっとこの子が野良猫でなければ、顔をうずめているに違いない。


 葉月、コウくん、私の三人は例の校舎裏のモフモフ天国で、野良猫達に癒やされていた。


「飼えばいいじゃん。

 なんで飼わねぇの?あ、住んでるとこがペット禁止とか?」


 好きだけど、アレルギー気味で触れないというコウくんは、少し離れた位置からスマホで連写しながら、呟いた。


「んー…。

 部屋はペット可なんだけど…」


 意味ありげに口籠る彼女を見て、ふと思い出す。


「ぁ…彼氏が猫嫌いなんだっけ?」


「うん。

 ていうか、猫に限らず、動物が嫌いらしくて…。匂いが嫌なんだって…」


 そう言う彼女は、寂しげに、諦めるように、茶トラを撫でる。


「もし、あの人と結婚したら、猫も犬も飼えないなぁー…」


 …何とも言えない空気になってしまった。

 気まずくて、ムズムズしている私に気づいてか、コウくんが口を開く。


「匂いかぁ…。

 俺らにも犬並みの嗅覚があれば、何か手がかりを見つけられたかな」


 彼はクンクンと鼻を動かしてから、空を見上げると、スマホをポケットにしまう。


 真っ青な空に浮かぶ雲は、穏やかな日々を象徴するようにモコモコだった。お日さまの陽射しは布団やイヌネコだけでなく、雲までフワフワにしてしまう気がする。



 その日、この校舎裏に来る前に、私たち三人は黒猫の死んでいた場所を訪れていた。


 結論から言うと、現場には何の跡も残されていなかった。

 そりゃ、考えてみれば、当然のことだ。

 あの後、数日経っているし、雨の日もあった。それに、ネコが殺されたところで、警察なんかが動くわけもない。

 でも…いや、だからこそ、私は何かしらの出来ることをしたかったのだ。


「てか、そもそも何で殺されたって、思ったんだっけ?」


 非常階段を上りながら、コウくんがふと気づいたように尋ねる。


「車に跳ねられただけじゃないの?

 殺されたっていうような死体じゃなかったじゃん。

 血がいっぱい出てたわけでもないし…」


「そ、それは…」


「噂だよ」


 口ごもった私の言葉を遮るように、葉月が言い放つ。


「ここ最近、野良猫の死体が増えてるの。

 事故みたいなのも多いけど、内何体かは少し不自然な損傷があるんだって。

 あと、怪我をしてる仔も増えてて、誰かがネコを虐待してるんじゃないかって噂になってる。

 今は野良猫ばっかりターゲットになっているみたいだけど、ネコを放し飼いにしてるお家は、屋内飼いをするようにって、町内会の回覧板でも回って来てたよ」


 さすが、地元民のネットワーク!厳密には、母方の実家がこの辺らしい。

 こういうのはご近所付き合いが大変なのだと、彼女はよくぼやくけど、こういう情報が自然と入って来るのは羨ましい。


「まぁ、二人の見た黒猫は、ただの交通事故だったのかもしれないけどね。

 タイミング的には、殺された可能性もゼロじゃない」


「…ふぅーん。

 そんな噂にもなってるなら、犯人すぐ見つかるのかもね」


 納得したように、コウくんが呟いたとき、ちょうど夕方の五時を知らせる町内放送が聴こえてきた。


 帰ろっか。


 誰が言うでもなしに、何となく帰宅する流れになる。

 何の収穫もなかったけれど、ネコ達に触れあえて、穏やかな一日が過ごせた。何となく満足しつつも、少し物足りなくもあった。


 でも、やっぱり穏やかで、事件なんて起きない方が幸せだと思う。



 その帰り道、私たちはまたネコの死体に出くわした。

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