頭が緩い方々ですね…

イライラするな…と言う方がおかしいよね、これってイライラしてもいいよね?


日が暮れて…もう夜になっている。夜間照明、つまりはライティング魔法が鍛錬場に付けられて、ナイター試合になっている。


今日から開催されたトーナメント方式の模擬試合の第一日目の決勝戦は、四班のおにーさまの一人、ライビルさんとリアフェンガー殿下と対戦になった。


模擬試合の行われている鍛錬場には打ち合いをしている打撃音が響いている。


決勝戦が始まって一時間…リーフェ(筋肉馬鹿)とライビルさん(熱血馬鹿)の二人は勝敗を決めるより、試合を楽しむことに熱中してしまい…ずっとずーーーっと魔法の撃ち合い、剣の打ち合い、殴り合い…に突入していて鍛錬場は穴ボコだらけだ。


一日目の決勝戦なので、沢山の軍人達が観戦していたはずなのだが、馬鹿達の打ち合いが長引くに連れて一人減り…二人減り…今はトーナメント実行委員会の私と事務のおにーさま三人とシーナとエルザ…ジル=グルフーリ様の数名しか鍛錬場にはいない。


「これ…やめろ、と叫んでも構わないかしら?」


私が座っている椅子の横に立つ、ジル=グルフーリ様を見上げて聞くと


「叫んでも興奮状態の殿下に聞こえるかどうか…」


と返されてしまった。


むぅ…困ったな~マリエリーナ様ご懐妊のニュースを早く伝えたいのに…おまけにお腹も空いてきた…


その時、私の横を突風が吹き抜けた。


それは、一直線に闘技場の筋肉馬鹿と熱血馬鹿の二人の間に激突し、とんでもない破壊音をもたらした。


「きゃああ!」


巻きあがる爆風に急いで防御障壁を張った。ジル=グルフーリ様も障壁を張ってくれたので爆風が直接、私の体に当たることはなかった。


「な…なに?」


唖然としていると、私の遥か後方から


「なーんだ、避けたか…」


と声がして…ななな、なんと四班のおにーさまの代表、サリオ班長がノシノシと歩いて来た。


恐らく、サリオ班長が元気玉…違う、魔術攻撃を馬鹿二人にぶつけたんだ。


サリオ班長のお陰でリーフェとライビルさんの動きが止まったので、私はすかさず


「はーーーい!試合は引き分けでーーーす。異例ですが、第一日目は両者優勝でーーーす」


そう叫ぶと、リーフェが、そんなぁ!と叫んでいるが知ったこっちゃない。


早くしろ…お腹が空いた。


私は渋々撤収してきたリーフェを睨みながら


「…っち」


と舌打ちをした。ええ、ええ不敬上等ですよ。


文句ばかりを言うリーフェの腕を捕まえ鍛錬場を出て行きながら、リーフェの耳元に


「大変なのよ、マリエリーナ様がご懐妊したんですって…」


と告げた。


「………えええっ?!」


お色気王弟殿下も流石に度肝を抜かれたのか、すごい悲鳴をあげていた。


取り敢えず、急いで来いと国王陛下には言われていたので…明日からのトーナメントは実行委員会のメンバーにお願いして、私とリーフェだけで王都に向かうことにした。


「婚約もまだなのに、なんてことをしているんだっ!」


……もうすぐ27才の叔父さんは出来ちゃった婚のふたりに大変ご立腹のご様子です。まあ、この世界の貞操観念では非常にマズいよね。特に貴族位の婚約婚姻に絡むことで貞操が緩く、乱れているのは令嬢には大ダメージだし、シュージアン殿下も浅ましい野蛮な殿下…と罵られても仕方ないくらいなのだ。


婚約まではキス程度に留めておかなければ、婚姻してからも針の筵になるくらいの破廉恥な行いとされている。


これは普通の貴族位では、浅ましくてイヤねぇ~と噂されて…その当事者のふたりが無事に婚姻してそこそこ経てば、自然と言われなくなるものらしいのだが、これが王族となると問題ありなのだ。


リーフェと夜に王城に転移魔法で到着すると…あら?お父様が珍しく転移陣の前に立っていた。父、コベライダス公爵が膝を突くと、一緒にいた数名の役人も膝をついた。


「リアフェンガー殿下、妃殿下…お呼び立て致しまして申し訳ありません」


「コベライダス公爵閣下…もしや何かありまして?」


やけに低姿勢な父の姿に…私は国庫の金が減る音の幻聴が聞こえた気がした。


お父様はわざと丁寧に尋ねた私に、怜悧な瞳を細めて見せた。知らない人が見たらめっちゃ怒っているように見えるよね?実は笑っているのだ…もちろん失笑の方で…


「婚約をせずに婚姻式をするように…とシュージアン殿下が騒いでおられる」


呆れた……


「王族で…確か数代前にそういう不祥事をおこしたものがいたよな?」


リーフェの言葉にコベライダス公爵は頷いた。


「廃嫡されて、市井に放逐…でしたかな。まあ実際は王族の庇護下で過ごされたと聞き及んでおります」


「そうだな、継承権は放棄だったよな…これは、どうするのかな」


シュージアン殿下は今の所、第一継承権を持っている。ただ先日のお腐れ様の首謀者、ディルグ=カロンの実家、国王妃のご実家でもあるカロン侯爵家は、国王陛下への発言力が弱まっている。そう…今ここで涼し気な目で私とリーフェを見詰めている、コベライダス公爵が実質、発言力のある一人なのだ。


「お父様…マリエリーナ様のはどうされてますの?」


コベライダス公爵の眉がピクッと上がった。ついでにリーフェの目が眇められた。


しまった…言い過ぎたか。ここでいうお友達とはマリエリーナの取り巻きの伯爵子息と侯爵子息のことだ。


「お友達方は…相変わらずマリエリーナ嬢の周りをうろついている」


「!」


リーフェが答えたのにギョッ…としてリーフェを見てしまった。リーフェはいつもと変わらない色気の漂う微笑みを浮かべながら、私を促した。


お父様…コベライダス公爵を見ると頷いている。


これは…アレだ。私の知らない所でお父様とリーフェが色々と嗅ぎまわっているのだな?私は表立った金回りの調整をしているけれど、裏ではこの人達が…


怖い怖い…いつの間にか、私の周りにはヴュークワイアお兄様といい、裏で暗躍する怖い人達ばかりが集まってしまっている。


え?私が怖いからだって?…天の声が聞こえた気がしたけど、気のせいにしておこう。


「詳しくは、落ち着いてから話すけど…父親は誰だろうなぁ…と思っている」


「…リーフェもそれを疑ってますか?」


「あれ?ヴァルも?流石だね」


ああ…嫌だ。本来なら順番は違えど子供が出来たのはおめでたいことだと、お祝いしてあげたいところなのに、真っ先にそれを疑ってしまうなんて…


え?似た者同士の腹黒夫婦だって?また天から声が聞こえた気がしたけど無視しよう。


取り敢えず、夕食を食べていないのでお腹が空き過ぎて胃まで痛い気がする。サンドイッチなどの軽い夕食をお願いして、ホットミルクを入れてもらった。


「ヴァル…夜にすまんが、陛下が…」


口にサンドイッチを押し込みながら心の中で舌打ちをした。


いっておきますけどね?金勘定ならどうにかしますけど、子供できちゃったからどうにかして欲しいなんていうのは、どうにもできませんからね?


国王陛下は小会議室におられた。そして国王妃もご一緒だ…室内には宰相閣下、コベライダス公爵(父)、問題のシュージアン殿下とあら、いつもの補佐官のお兄様だ。


シュージアン殿下は私とリーフェの方を見て…何故だか睨んでいる。妊娠と私は関係ないぞ?分かってるか?


そして話し合いという名の……シュージアン劇場が始まった…!


「私達は夜会に出るのも禁じられて、自由に外に出ることも叶わず…気鬱な中この王城に閉じ込められているのだ」


何故、立ち上がる必要があるんだ?今、スポットライトが照らされた気がしたのは私だけか?


シュージアン殿下はそう叫んでから私を睨む。


「婚約衣装を仕立てようとしても、何故か仕立屋が言う事を聞かない…とマリエリーナが訴えている。どこかから手が廻されて粗悪品を押し付けられそうだったとも聞いた」


粗悪品?!ねぇちょっと聞いた奥さん?この王都で大人気のデザイナーのドレスを粗悪品ですってぇ?!令嬢方なら泣いて喜ぶ『マーシ・ボワーレ』のドレスよぉぉ?!


私は、折りたたんで持っていた、例のブツをスッ…とテーブルの上に置いた。


皆がテーブルの上を覗き込んだ。


「マーシ・ボワーレのマーシ女史が考案された、マリエリーナ様の為に考えられた婚約式の為だけのドレスの意匠です。ご覧になれば分かると思いますが、マーシ女史の図案の上に素人が色を塗って台無しにしております」


国王妃がその図案をひったくると、悲鳴を上げた。


「なんて酷い…確かにこれはマーシ女史の署名がしてあるあの店の意匠だわ…だれがこんなひどい落書きを…」


「はい、本当に酷いものですわ。マーシ女史はご自身が描いた図案に勝手に書き入れられて、傷心されていると聞きます。本当に婚約式の為にわざわざマーシ女史が考えた図案ですのに、勝手に落書きするなんて…この王都のご令嬢では考えられない所業ですわね」


国王妃が頷きながら、私に賛同してくれた。


「本当よ…マーシ・ボワーレのドレス工房はドレスを注文しても中々手に入らないというのに…」


私はニンマリと微笑んだ。


「ええ、本当に酷いですわね、マリエリーナ様は…」

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