肉たちの祭典第一日目

今日はリアフェンガーと私、そして事務方の辺境伯領の皆さんとでトーナメントの最終打ち合わせをしていた。


それはそうと…朝からうちのリアフェンガー殿下が怖い、というか目付きが鋭い。どうしたの?執務室に居る時はそれほどではないのだけど、お昼を食べに食堂へ移動する時は必ず私に付いて来るし、極めつけはトイレに行く時もついて来ようとするのだ。


「……殿下」


「なんだ?外で待っているから」


いやいやいやぁ?!女子トイレの前で、なんでおっさん…失礼、女子高生の年齢の私を26のおっさ……が待つのさ?!痴漢か?痴漢なのか?トイレ覗きたいのか?


リーフェに見守られながら、渋々トイレに入り…極力音をたてないように注意しながら用を足し、廊下に戻るとリーフェはやっぱり廊下で待っていた。


実はこんな出待ち?が三日連続で続いているのだ。


トイレまで付いて来ないといけないほど、ここって危険だったっけ?……もしかして?の心当たりはある。しかしそんなあからさまなことをするかなぁ~と半信半疑なのも確かだ。


「ねえリーフェ…」


トイレの前に立っているだけで、何かしらの色気を放っている王弟殿下に近付いて聞いた。


「囮が必要なら私…しましょうか?」


「?!」


リーフェは目をクワッと見開くと、私の体を引き寄せて叫んだ。うぉぉ…綺麗な顔が近すぎる?!


「駄目だっ!囮なんて絶対ダメだ!」


やっぱりそうか……あのお腐れ様達が私を害するのじゃないかと警戒しているのか。


「何か…確信がおありですか?」


私が重ねて聞くと、リーフェは廊下の窓から中庭を覗きながら答えてくれた。


「ディルグ=カロン大佐は以前から鍛錬は真面目に参加していなかったが、この数日は勤務中にいなくなると報告を受けた。部隊の特殊班にカロン大佐を追尾させた。カロン大佐は外部の人間と密会していたとのことだ」


「密会の相手は誰ですか?」


振り向いて私を見てきたリーフェの表情は、強張っている。


「破落戸の様な風体の男達と……変装はしていたが我が国軍の軍人だったそうだ」


「!」


「すぐに国王陛下にご連絡をして…その軍人は押さえた。軍人はカロンの弟…侯爵家の子息だった。本人曰く、兄に泣きつかれて俺に恥をかかせてやろうと、模擬試合の当日に破落戸を試合会場に送り込んで暴れさせようとしていた…との事だった。今、この案件は国王陛下と国軍預かりの事案になっていて、ディルグ=カロンは模擬試合を待たずして…除隊処分になりそうだ」


「そうですか…それが何かをしてくると?」


「侯爵家はディルグ=カロンのことは知らぬ存ぜぬ…で通しているので、ディルグ=カロンはどこにも寄る辺が無くなった。やけを起こして何かしてくるかもしれない、と危惧している」


「それならば…分かりました」


怖いことが無くなった者ほど恐ろしいものはない。けれど当日、試合会場に乱入……してきたとしても、四班のおにーさま達が取り押さえてくれるかな?それならば一番弱そうな私を狙ってくるのも分かるわね。


「よって、ヴァルは暫く俺と行動を共にする事」


「えぇ……失礼しました…」


ウザいと思ったのは事実だ。いくら綺麗な王弟殿下でも四六時中は勘弁して欲しい。マジでトイレの個室内だけがプライベートエリアになってしまうではないか…


そうして、べったりしっかりくっついて来るリアフェンガー殿下にうんざりしながらも、何事もなく模擬試合当日になった。


「トミクジ売り場はこちらです!」


「第一試合の開始時間は予定通りの七刻開始です!」


鍛錬場の端に設置されたテントの中は人でごった返していた。トーナメント表を見て、トミクジの番号を決める人々に改めてトミクジの説明をしつつ、クジの販売を行うという忙しさ…試合が始まればトミクジの販売は一時終了、それまで頑張れば…


「っこらーーー!並んでいるんだっ列に割り込むな!」


つい…ついね?トミクジ売り場のおばちゃん(私)は列を乱す若者に喝を入れてしまったよ。私がどなりつけた瞬間、テントの中には静寂が生まれた。


妃殿下なのに、やってもた……


「そうだ~順番守れよ」


「リーフェ…!」


この世で一番美しいのはだぁれ?のリアフェンガー殿下が私に加勢してくれたっ流石!


しかし気になることがある。昨日から徹夜明け(準備で)なのにリアフェンガー殿下、26才もうすぐ27才のこの輝くまでの美貌はどうしたの?…まだ18才もうすぐ19才の十代のはずの私は、目の下にクマ出来てますけど、それがなにか?


そんなアラサーのリアフェンガーが私の傍に来るとトーナメント表を指差した。


「ヴァル…俺の第一試合、相手は棄権だろうけど、どうするの?」


なにぃ?と思ってトーナメント表を見て、うっかりしていたことに気が付いた。


「そうだった…初戦は話題性重視でリーフェとお腐…ゴホン、ディルグ=カロン大佐の試合をあてていたんだった!……じゃあ、申し訳ありませんが…リアフェンガー殿下は第一試合は不戦勝で」


リーフェは口を尖らせていた。


「えぇ…いいけど、何だかつまらんなぁ」


「二回戦から頑張れば宜しいではないですか?」


と、私が言ったからかどうかは分からないが、リーフェは破竹の勢いで勝ち進み、準決勝まで駒を進めた。


「やはり、一日目の優勝はリアフェンガー殿下ね…」


事務のおにーさま三人とトミクジの券を作成しながら、頷き合う。


おにーさまの一人、一番最年長のウィーザさんがクジ掛け率の計算をしながら


「一番人気は殿下と次いで、サリオ班長…バファリアット少将…そしてクゥベルガー大尉か~」


と唸っている。


「その、クゥベルガー大尉って強いの?」


今度は一番年下の、なんと十六才のレイダス君が、うっとりと目を瞑って答えてくれた。


「はいっそれはもう…黒髪に金色の瞳の鋼のような雰囲気を持つ美丈夫で…剣を揮う姿も神々しく…」


「へぇ…」


あれ?この十六才のレイダス君ってそっちの世界の住人なの?…あまり余計なことを言ってはいけないわね、気を付けよう。それにしても…


「黒髪の騎士様かあ~元異世界人としては黒髪の方を見ただけで、懐かしくて親近感が増すわね~」


「あ、ヴァレリア様は前世では黒髪だったのですか?」


「ええ、そうよ。黒髪、黒目を所持している方が多い国なのよ~」


テントの中でトミクジを作りながらそんな世間話をしている所へ、ジル=グルフーリ様が珍しく走って近付いて来るのが見える。


あのジル=グルフーリ様が慌ててる?明日は雹でも降るんじゃないだろうか…


息を切らせながらジル=グルフーリ様はテントの中に駆け込んで来ると、私に向かって来た。な、なんだっ?!顔が般若だ!怖っ…


「ヴァレリア妃殿下……王城より火急のお知らせが御座います」


「えっ…ゴホゥ…ググッ…ゴホン、王城から?」


驚いて、咀嚼していたクッキーが喉に詰まりかけた。側にいて同じくトミクジの書き出しと券作りを手伝ってくれていたシーナが、黙って水の入ったコップを差し出してくれたので、受け取って水を飲んだ。


ジル=グルフーリ様は私の耳元に顔を近付けた。


「マリエリーナ=リーム男爵令嬢が……ご懐妊されたそうです」


「………は?」


「マリエリーナ=リーム男爵令嬢がご懐妊されたので…」


「ええっ?!……ゴホンゲホン…」


思わず大きな声が出てしまったので、慌てて口を塞いだ。


幸いにも、周りは模擬試合に熱中していて、歓声を上げていて誰もこちらを見ていない。


今、ご懐妊って言ったか?できちゃったのか?嘘でしょ?この世界の貴族の常識じゃ婚前交渉は絶対NGだよ?!


私が唖然としたまま、ジル=グルフーリ様の涼し気な顔を見上げると、ジル=グルフーリ様は頷かれた。


「火急に王城に参じて欲しいと…陛下より要請がありました」


無茶言うな!


その時、わああ…と歓声が上がった。目をやるとどうやらリーフェが決勝に勝ち進んだようだ。リーフェはガッツポーズをした後、私に向かって手を振ってる。


ああ……吞気にこちらに向かって手なんか振っちゃってるよ…


「あは…あはは…」


力なくリーフェに手を振り返して…心の中で盛大に溜め息をついた。


また婚約式をキャンセルするのかっ?!大赤字じゃないかぁぁ!!

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