続:笑わせんなよ

「遠路遥々ご苦労様…」


「いえ、これも仕事ですから…」


おうぅ…そうだよね?心を無にして対応しなくちゃいけないよね。私だったら頭、引っ掴んで


「舐めてんのかぁごるらあああぁぁ!!!」


と、頭突きからの脳みそシェイクをかましているところだ。あら、イヤだ!妃殿下なのに…オホホ…


辺境伯領の魔獣の素材を使った町興しのアイデアを検討中の私の所へ…王都からお客様がいらっしゃった。


「あら、お久しぶり」


「お久しぶりで御座います」


折り目正しくご挨拶頂いたのは…以前、シュージアン殿下の、こんなの出来たらイイナ!の夢と希望が詰まった公文書を持って来てくれた、シュージアン殿下付きの補佐官と同じく内務省の役人のお二人だった。


今日は私と一緒にリーフェも応対してくれている。


それにしても補佐官のお兄様…何だか先日お越し頂いた時はポーカーフェイスだったのに、今日はお顔が強張っていらっしゃるわね?


理由を聞くと…


「こんなお傍近くでリアフェンガー殿下とお会いするのは初めてですので…大変に緊張しております」


ぅおぉいい!私と会った時は飄々としていたのにその差は何だ!まあ…この世で一番美しいのだぁれ?の、リアフェンガー殿下でぇす!だからね、一般人の私とは月とスッポンですからね。嫁の私でも油断してうっかりと真正面から見てしまったら、ショック死しそうなほどの美貌だからね?気持ちは分かるけど…


「では早速ですが…本日は別の問題が浮上致しまして…」


と、ポーカーフェイスの仮面を被り直した補佐官のお兄様は、そう切り出した。


聞く前から頭が痛いわ…今度は何を言い出したのだ?


「先日、妃殿下よりご指示がありました通りに致しまして、シュージアン殿下の婚約式の準備は進んでおりました。…が、マリエリーナ様の婚約式用のドレスの意匠を『マーシ・ボワーレ』に打診しまして先日打ち合わせがあった時に問題が発生しました」


「あ…お手紙届いたのね?うん、それで?」


ここで説明をしておくと『マーシ・ボワーレ』とは今、若い女性の中で人気の新進気鋭のアパレルメーカーのことだ。王都と各領地に八店舗の支店を持っており、ここのドレスを仕立てようとするのに、半年待ちは当たり前らしい。


そして私の婚約式と婚姻式用のドレスの仕立ての時に『マーシ・ボワーレ』と『ジャクリンス』と『ファファミーラ』の三店が候補に挙がった。その中で私は『ジャクリンス』を選んだ。


理由は王都で一番の老舗メーカーで『マーシ・ボワーレ』のオーナーが若い頃、『ジャクリンス』で針子として勤めていて『ジャクリンス』の店長が弟子の独り立ちの際に快く独立を後押しをした経緯があるからだ。


『マーシ・ボワーレ』は確かに今、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気店だ。だが、『ジャクリンス』を常にリスペクトしており、今でも元弟子と師匠として親交があると聞いたのだ。


私が『ジャクリンス』でドレスをオーダーすると発表しても、他の二店から「ジャクリンスさんなら仕方ない…」というような話をされたので、では次は是非そちらで…という確約とまではいかなくても、そういうやんわりとした話に触れておいたのだ。


『マーシ・ボワーレ』も『ファファミーラ』も、いずれは王族関係の婚礼衣装のオーダーが入ることを確約されたので、今回は老舗に譲ったのだ…という認識だと思う。


私はその経緯を内務省の役人に公文書として残すように指示を出したし、今は目の前で大変に緊張している、シュージアン殿下の補佐官にも手紙を出して


「…という事がございましたので、マリエリーナ様のドレスの仕立ては今回は『マーシ・ボワーレ』でお願いするようにして下さい」


と指示を出しておいた。それに何があったのだろう?


補佐官は頷いた。


「端的に申しますと、『マーシ・ボワーレ』店主のマーシ女史から、私共では御要望にお答えする意匠を御準備出来ませんので、今回はご辞退させて頂きます…とお断りをされてしまいました」


「お断りぃ?何があったの?」


つい、声が裏返ってしまった。


「意匠の打ち合わせの際に、マーシ女史は数点の意匠を描き上げてマリエリーナ様にお見せになられました」


「うん、それで?」


リーフェも前のめりになって続きを促している。補佐官は一つ息を吐くと胸元から折り畳んだ紙を取り出して私に差し出した。


「マーシ女史が描かれた意匠を見せた途端、マリエリーナ様は『こんな色は嫌よ!もっと華やかなのよ!』と、マーシ女史が持っていた画材をひったくると勝手に描き始められました」


「ええっ!」


慌てて差し出された紙を広げると、確かにドレス画が描かれている。しかし、色鉛筆だろうか?で元の色と思われるオレンジ色に青色を重ねてしまって、茶色になっている。所謂、ウ〇コ色だ…


しかもオーガンジー?素材だと思われるドレス絵にドデカイリボンを描き込んでいるのが珍妙で、はっきり言って初めてのお絵かき!状態のとんでもないラクガキが私の手の中にある。


ちょっと待て?これもしかして…


「嫌な予感がするけれど、聞くわね?聞くわよ?!マーシ女史の意匠が描かれた紙の上に、マリエリーナ様がラクガキを描き込んだのぉ?!」


補佐官は非情にも頷いた。


「そうでございます」


「いやぁぁ!!」


思わず叫び声を上げて頭を抱えてしまった。


ドレス工房のデザイナーとはクリエイティブな職業だ。皆、自分のデザインに自信があり…ましてやお店を構えている大店のデザイナーだ、プライドだって半端ない。


そのデザイン画に素人が落書きしただとぉ?!


「これ…マーシ・ボワーレの意匠の図案よね?ここに持って来て良かったの?」


私が震える手でデザイン画の紙を持ち上げると、それを見て補佐官のお兄様はフン…と鼻を鳴らした…相当怒っているようだ。


「マーシ女史が、それはもう使い物にならないので捨てて下さい…と仰いました」


「す…捨てて…はぁ…」


リーフェが私が持っているデザイン画を覗き込んで溜め息をついた。


「マリエリーナ嬢はなんてことをするのかな…ドレス工房の職人は皆一流の審美眼を持っている。きっとマリエリーナ嬢に似合う最高の意匠を準備してくれていたはずなのにな」


「そうですよねっ!流石っリーフェ!」


流石、うちの殿下は良い事言うわ!ほら見ろ!シュージアン殿下ぁ?聞こえてるかぁああん?


「という経緯がございまして…マーシ・ボワーレがお断りされましたので、ファファミーラに打診してみても大丈夫でしょうか?」


「う~ん…ファファミーラね…一応お願いはしてもらってもいいと思うけど、多分断られるわね」


「どうしてで御座いますか?」


補佐官のお兄様以下周りの男達の視線が、一斉に私に集まる。


「ファファミーラもジャクリンスに次ぐ老舗なのよ。マーシ・ボワーレが投げてよこした顧客を拾い上げはしないわね。老舗の矜恃があるもの」


「なるほど…ではどういたしましょうか?」


「うん…マーシ・ボワーレのマーシ女史にお詫びと共に、今度私が王都を訪れた際にはリーフェと共にドレスのオーダーにお伺いします…とお伝えしておいて下さいな。それから…ファファミーラには一応打診をお出しして、お忙しいようであるならばお断りして頂いても構いませんと一筆付け加えておいて下さい。決して王族からの圧力だと思わせないようにね」


「はい、承知いたしました」


内務省の役人二人はメモを取っている。


「ファファミーラが断ってきたら、マリエリーナ様にデザイン…え~と意匠画を描かせてあげればいいのよ。それをそのままの適当なドレスにリボン縫い付けておいておけばバレないわよ」


補佐官のお兄様は眉をひそめた。


「しかしそれではドレスを仕立てる過程がないのでマリエリーナ様に疑われはしませんか?」


「そうねぇ…異世界の最先端の意匠です!とか言って作務衣を着せておきたいくらいだわ…取り敢えずファファミーラに打診してみましょう。断られたらその時に考えましょうか?」


「サムエ?は、はい…そう致します…では」


そう言って補佐官のお兄様達は帰って行った。


私はデザイン画をもう一度見た。ウ〇コ色と下手くそなリボンの絵を除くと、オレンジ色のオーガンジーを幾重にも重ねて、まるで春の妖精のような可愛いデザイン画だということが分かる。


小柄で華奢なマリエリーナ様に良く似合っている…あの子はブルー系よりオレンジよね。分かるわ…


「私もこんな可愛いドレスが似合えば、これ着てみたいな…」


思わず呟いていると、私の腰にリーフェの手が回された。顔を上げるとまた目潰しの笑顔を向けてくる。


「そんな色のドレスをか?ヴァルは変わってるな…」


いや…そうじゃねぇ、まあこっちの世界じゃ茶色のドレスなんて~という感じだろけど…おや待てよ?ブラウンカラーのドレスだって見せ方によっては良い感じの仕上がりにならないかな?


これ『マーシ・ボワーレ』のマーシ女史に聞いてみようかなぁ

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