気分は帝国軍司令官

「あなた達の職業は何ですか?」


私を見詰める軍人達が戸惑いを見せている。私は手を振り上げた。私の〇インハルト閣下、降りてこーい!


「貴方達は軍人です。辺境伯軍に籍を置き、国民を護り国を護り、自身を盾にして無辜の者を護るべくそれを職にし、給金を頂いている軍属です!よって貴方達には自分を律し、身体を健勝に保ち…いざという時にはその力を奮わなければなりません。その為には常日頃から心身を鍛え、強靭なる肉体と精神力を養っておかなければなりません。それが軍属であり、それが盾となる者の務めです。それを怠っておきながら、何もせずに日々漫然と過ごすことを良しとする者は…この辺境伯軍には不要です!」


「…!」


私達は良く吠えていた男達の方をチラリと見た後、鍛錬場を見回した。


「今度行う模擬試合に参加はしない…と仰るのも宜しいでしょう。それはいつでもこの辺境伯領を去る覚悟があるとの意思表示と取ります」


「お…横暴ではないですかっ!誰がそんなこと決めたのだ?!」


私はニンマリと微笑みながら印籠(王命)をドーーンと叫んだ。


「国王陛下より任されております。軍の再編成もそのうちの一つでございます」


一応、嘘ではない。コストカットも領地改革に必要なことだ。何にもしないくせに誰が金を出すかよっ給金ドロボーめ!


きっとこの辺境伯領はリアフェンガーが拝領した頃から、異世界の天下り先兼、親のコネ入社が横行する軍隊になってしまったのだ。


それはどうしてか?リアフェンガーの周りにいる側近の方々は皆、優秀だ。


つまりは目の届かない所に、お腐れ様を送り込まれていてリアフェンガーもNOとは言えなくて受け入れてしまったのが現状だろう。


リアフェンガーって人が好さそうなのよね…それが駄目だとは言わないけど、本気で怒っている所なんて私の白目剥きぶっ倒れの時くらいじゃないかしら?


それ以外ではいつもニコニコしているか、しどけない色気を垂れ流しているか…だもの。ここは嫁である私が心を鬼にして肩叩きをしてあげようじゃないか?


まあ、そうは言ってもすぐに追い出してバイバイ!も可哀相だし…給料カットで辺境伯領の警邏にでも出てもらっ…


「何も出来ない令嬢のくせにっ何を偉そうにっ!」


ああん?


私は声の主を見た。


なるほどねぇ?現国王妃のエイレミルダ妃のご実家の侯爵家の三男じゃないのさぁ?!ははあ~ん?あんたがこのお腐れ軍団のボスな訳だぁ?


一応シュージアン殿下の従兄弟だからってぇここで大きな顔で、のさばれるとは思わないことねぇ?


「オーホホホ、少なくともどこかの誰かよりは陛下の信用を勝ち得ていますがね?」


侯爵家のお腐れ三男の…確かディルグだったか?は顔を真っ赤にして私を睨みつけている。


その時、ユラリと魔力の気配が立ち上がり…私の前に背中を向けたリーフェが立ち塞がっていた。


ちょっと…?また魔力が上がってない?


「何もここで声を荒げる必要は無い。申したいことがあるのなら、試合に出て実力でその権利を掴み取れ。その時は存分に語るが良い」


血筋も上、顔面偏差値も上、ヒエラルキーのトップのリアフェンガーから言われたら従兄弟でも言い返せないだろう。


リーフェは私の手を取ると鍛錬場にいる軍人の方々を見た。


「我が妃の申す事は私の言葉だと思って心して聞け。戦えぬ者は軍人に非ず」


「…っ!殿下、何を…」


「甘言に惑わされていらっしゃるのか!」


リーフェは騒ぐ男達に更に言葉を浴びせた。 


「今まで、王都から辺境に越して来て色々と慣れない環境で肩身の狭い思いをしているのだろうと、黙認してきていた。ここでの居場所を失うと行き場が無くなるのではと思っていたが、そうではないと妃の言葉で気が付いた。居場所は自分で勝ち取らなければならない。自分の価値は自分で示さなければならない…心してかかれ。お前達の正念場だ」


軍人の皆様から拍手喝采を受ける。従兄弟達は顔を真っ赤にしてまだこちらを睨み付けている。


リーフェは壇上から降りる私に手を差し出してエスコートしてくれた。

 

「ありがとうヴァル」


はいっ!目が潰れる微笑み頂きました!


私とリーフェはまだ拍手喝采が続く中、鍛錬場を後にした。歩く私達の後を四班のおにーさま達と、ジル=グルフーリ様が歩いている。


皆はニヤニヤと笑っている。ザマーミロ、だっ!


さて…いつまで煩く騒ぐ奴らに構っている暇はない。


私は軍の事務官のおにーさま達三人とトーナメント戦用の表作りに没頭していた。


この三人のおにーさま達は、事務職なのでトーナメント戦には不参加なのだが、裏方のお手伝いをしたいと名乗り出てくれたので、トミクジのトミ券を手書きで作ってもらっている。トミクジは一枚の三百ビルムにする予定だ。ロトのようなランダム数字を選ぶタイプにするか、馬券のようにするか…今は悩み中だ。


「フ、フハハ…」


第一試合の組み合わせはこれでしょ?それで…


先程からトーナメントの用の紙に名前を書き入れながら、笑いが止まらない。


「フ、フハハフ、フハハ…」


「何ですか…気持ち悪いですよ?」


「ジル=グルフーリ様っ!女性に向ってその表現はいけませんよ!」


私はトーナメント表に各隊員の名前を筆で書き入れていた手を止めて、ジル=グルフーリ様を睨んだ。


いつの間にかトーナメント戦とトミクジの作業をこの執務室で行っているのだが…それにしてもリーフェの執務机の横に私の事務机を置かれて、どこの社長秘書?みたいな、もしくは高校の隣の席同士で教科書見せ合いっこみたいな状態になっている。何だこの距離感?


「まぁまぁ…で、ヴァルは何をそんなに笑ってるの?」


私の事務机にぴったりと執務机をくっつけてきて、リーフェが至近距離からトーナメント表を覗き込んできた。


私は書きかけのトーナメント表を指差した。


「今回の模擬試合はこちらで選んだ、強そうな方々が初戦で当たって潰し合いにならないようにと、組み合わせの配置を選んだのですが…一日目の第一試合は、グフフ…リアフェンガー殿下と侯爵家のディルグ大佐にしようかと…」


「ひでぇ?!」


「見せしめですか…?」


外野(ロイト様とジル=グルフーリ様)からのツッコミがあがるけど、私だって自分を馬鹿にされおまけに、リーフェを軽んじるような発言をぶちかましてきた、あの駄犬を許す訳はない。


私は悪役令嬢だぞう~?アハハハハッ…!


「うわっ…他の第一試合もサリオ班長と…ムリワゼ大尉か。ライビルも、これは…徹底的に第二部隊の一班から二班を潰すおつもりですね。ですが第二班には…」


私の手元をバファリアット少将が覗き込んできて、そう聞いてきた。私はバファリアット少将に微笑んで見せた。


「知ってる、サリオ班長にお聞きしている。王都から派遣組の班の中にも使える人材がいるって…もし彼らが第一試合で負けたとしても『敗者復活戦』を用意しているからね」


「敗者復活戦?」


執務室の中に居た男達の声がシンクロした。私は説明した。


「この敗者復活戦は軍人としてやる気があるか、今後とも頑張るつもりか?そこをみるつもりです。一度負けたからと言ってすぐに逃げ出すような根性無しでは、前線では動けませんでしょう?だから、リアフェンガー殿下、手加減無しでギタギタに滅茶苦茶にやっておしまいなさいなっ!」


「だから…っていうか、手加減無しで対戦したら死人が出ちゃうだろ?無茶言うなぁ…」


リーフェは呆れたような声を上げて苦笑している。そうこれ、最近リーフェの言葉使いが砕けた感じになっているのよ。


どうやらリーフェはこの数日で、私に対する距離感を『キラキラ王弟殿下』から『キラキラ旦那』くらいに近付けようとしている感じがする。別に近寄って来るな!とは思わないけど、辺境伯領に妾妃の存在アリ…の疑惑をまだ払拭しておりませんのよ?


いつ本物の妾妃様が乗り込んで来て、修羅場に突入するとも限らない。今は妾妃様疑いをかけてしまっていた、殿方たち三人を味方につけるべくトーナメントの成功に邁進する所存で御座いますよ!

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