馬鹿は自ら証拠を残す…

国王妃は、ハッ…と息を飲んで私を見詰めた。ここで説明しておくとシュージアン殿下のご母堂であるエイレミルダ妃は、シュージアン殿下に対して甘い母親ではあるが、国王妃としては聡明な方である。


シュージアン殿下の婚約者だった時に、月に一度はエイレミルダ妃主催の茶会に参加して親睦を深めてきたのだ。


今でこそリアフェンガー殿下の嫁になったので、敵将の嫁のような立ち位置かと思われるが、私とエイレミルダ妃は女子トークが始まると自然と会話が弾むのだ。


敵ながら天晴れ…私がこう思っているのだから、その気持ちはエイレミルダ妃にも伝わっていると思っている。エイレミルダ妃は異界の叡智である私に、異世界のファッション関係についての話をよく強請り、私も自分の知りうる情報をエイレミルダ妃に伝えているのだ。


そんなエイレミルダ妃は、ファッションを特に愛するご婦人でもある。


私はエイレミルダ妃に向かって力強く頷いた。お洒落を愛する者よっ立ち上がれ!


エイレミルダ妃は力強く頷き返してくれると、ジロリとシュージアン殿下を睨んだ。


「この素晴らしい図案に、落書きを加えたのはマリエリーナ様なのですね?」


お母様に睨まれてシュージアン殿下は途端にアタフタとし出した。さあ…こうなってしまったオバサンは手強いわよ?どこまで持ちこたえることが出来るかしら?


「そ…それは、しかし…マリエリーナがこんなドレスは嫌だ…と言っ…」


エイレミルダ妃は顔色を変えて叫んだ。


「まあああっ?!あのマーシ・ボワーレのドレスが、こんなドレスですってぇ?これだから田舎男爵の出自の者は嫌なのよっ!あのマーシ女史の生み出す至高のドレスの素晴らしさを理解しないのだからっ!」


でたーーーっ!オバサンって息子の嫁の嫌な所を見つけると、出身や親の職業、はたまた学歴や行儀が悪い…そこまでこじつけてネチネチ言い続ける生き物なのよ?(注:個人的主観です)


「だが…マ、マリエリーナはもっと飾りがついた可愛いのが…いいと」


「まあぁ!!お洒落のなんたるかを知らない田舎臭い女の考えそうなことよねぇ!今は飾りを華美に付けない代わりに布地に遊びを入れて豪華に見せる意匠が流行っているのっ!勉強不足も甚だしいわっ…おまけにあの子、城で淑女教育を受けているのよね?私が茶会に誘っても「忙しい」とか偉そうに言っていますがっ何が忙しいのかしらねぇ?教育係の者から苦情がきていますよ?予習復習も何もしてこない、少し叱れば不貞腐れる。ヴァレリアの時はそんなことは一度も言われたことはありませんでしたよっ!それに…」


いいぞーーーもっとやれーーー!


私は一息つこうとお茶を優雅に頂いた。ここはエイレミルダ妃に任せておけばいいさ。


私の横で最初は唖然としていたリアフェンガー殿下だったが、次第にニヤニヤと笑い出して時々、吹き出しているのが横目で見えた。


このエイレミルダ妃の怒りっぷりから察するに、マリエリーナは相当エイレミルダ妃から嫌われてるな?確かにエイレミルダ妃は気が強くて、近づきがたいご婦人ではあるが、礼節を持って接していれば意味なく虐げたりはしないお人だ。


そんな怒れるご婦人に果敢にも割って入ろうとして、国王陛下もあたふたしている。


「こ…こらエイレミルダ…もう止めなさ…」


「何を仰いますの?!あの子はファファミーラの意匠にも難癖付けて我儘を言っていると言うではないのぉ!そうよね?モファマル?!」


「はい、妃殿下」


補佐官のお兄様はモファマルさんというのか…、モファマルさんは巻き込まれ事故だけど、華麗にスルーしてナイストスをあげている。アタッカーは勿論、エイレミルダ妃だ。モファマルさんのクイックトスでBクイックアタックを決めて、それを打ち返せないシュージアン殿下はズタボロ状態だ。


なるほど、新情報ね。ファファミーラのミーラ氏(心は乙女のおじさま)は一応ドレスの仕立てを請け負ってくれたのか…そこでもやらかしているのか、頭痛い。


それなら……好都合ね。先程まで筋肉馬鹿と熱血馬鹿が試合を長引かせてくれたお陰?で今回のデキちゃったの対応をどうするか…と考えを纏める時間が出来たものね。


私は静かに挙手をした。


「ヴァレリア…申してみよ」


国王陛下からの慎重なトスを受けて、私はシュージアン殿下目掛けて、ストレートアタックをぶちかましてやった。


「妊娠初期に婚約式や婚姻式などを行うのは、母体と胎児に非常に悪い影響を与える可能性もあります。それが原因でマリエリーナ様と御子のお体の健康を激しく損なう恐れるのある式典等は、御子を出産した後に延期するべきです。それに異世界では婚姻より先に赤子を授かることを授かり婚と申しまして、非常に喜ばれる慶事になります。異世界の若い方々は式や正式な婚姻は赤子が無事産まれた後に盛大にするのが最先端の流行ですので、シュージアン殿下にも是非、異世界の最先端の流行をお勧めしたいと思います」


嘘も方便…異世界の最先端を知りようが無いものね。


私はクールビューティとよく称される表情のまま、シュージアン殿下を見詰めた。


「そ……そうか、異世界ではそうなのか。そうか、父上!私は婚姻式を私とマリエリーナの子が産まれた後に盛大に行うことにする」


何故、盛大にやりまっせ!と宣言するんだ、このお馬鹿…と思いつつ、そのお馬鹿を最先端で上手く誘導できたと心の中でほくそ笑んでいた。


これで子供が産まれる前にマリエリーナを王族に入れることを阻止出来そうだし、マリエリーナの子供が産まれてきて、万が一父親が違う種違いが発覚した場合に、シュージアン殿下がバツイチもしくは血の繋がらない戸籍上の父親になるのを防ぐことが出来る。


そうだ……確か王族は産まれてきた時に子供の『魔力判定』が行われるわよね?その時にシュージアン殿下と魔力の類似性が確認されれば、実子なのか分かるはず…実子なら無事に産まれて良かったね~と喜んで婚姻式を挙げてもらえばいいだけだ。


正式に婚姻発表してから、後々お腹の子供の父親は違います、テヘッ☆彡なんて醜聞を晒すより絶対マシ、それに式まで約一年間の準備期間を作れるし、一石二鳥だ。


私は国王陛下にニンマリと微笑んで見せた。


国王陛下は気が付かれたようだ。私に一瞬目をやってから


「分かった、シュージアンの正式な婚姻は子が産まれた後とする。マリエリーナ=リーム男爵令嬢は健やかに過ごすように伝えよ」


と、仰った。


ふう……これで一応は引き延ばすことに成功した。シュージアン殿下は挨拶もそこそこで会議室を出て行ってしまった。


そういえば当事者のマリエリーナはどうしたのだろうか?


私は真顔でこちらに近付いて来た、モファマル補佐官に


「マリエリーナ様はどうされたのですか?」


と聞いてみた。


「気分が悪いと仰って臥せっています」


ホントかよ…


私の横に座っていたリーフェが、ニヤッと笑いながら


「因みにさ~マリエリーナ嬢のお友達の伯爵子息は、赤毛に翡翠色の瞳。侯爵子息は紺色の髪に茶色の瞳。シュージアンは青白色の髪に濃紺色の瞳だ…さあどうなるかな~」


そう言って私とモファマル補佐官を見た。


「確かめられるのは一年後です。それまでに出来ることをするのみです。御前失礼します」


ブ、ブレないぜっ!流石ヴュークワイアお兄様の手下……って、そういえば勝手にヴュークワイアお兄様の元部下だと判断していたけど、聞いてみようかな?


「モファマル補佐官」


呼び止めると、鋭利な刃物のような魔質をぶつけられた。こう言う所がお兄様っぽいんだけど…


「つかぬ事をお伺いするけど、モファマル補佐官の前歴は?」


モファマル補佐官の魔質が更に鋭利に研ぎ澄まされたような気がする…


「コベライダス公爵領の事務官でしたが、それが何か?」


やっぱりーー!兄の元部下なのにお前なんてかんけーねぇと言わんばかりのこの言い方!お兄様と同じ気配を感じるわ…フフフ


「ヴァレリア様、私からも一言宜しいでしょうか?」


「あら、なあに?どうぞ」


モファマル補佐官が真顔のまま私に向き直った。


「ヴュークワイア様も底意地の悪いお方でしたが、ヴァレリア様はそれに輪をかけた底意地の悪さですね…おっと独り言が漏れてしまいましたか、失礼します」


ふ、不遜だぁぁーーー!それに少しも失礼とも思ってないだろっ!ええっそうだろ?!


「あれぐらい図太くないとシュージアンの癇癪に付き合えないだろう?」


「まあそうですね…」


確かにリーフェの言う通りだ。


そうだね…じゃなきゃ今頃、モファマル補佐官が胃潰瘍で倒れてると思うわ…


背筋をピンと伸ばして去って行くモファマル補佐官の後ろ姿を見ていると、私が全力で打ち込んだアタックがモファマル補佐官の鉄壁のブロックではじき返された気分になった。

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