小さな妖精

明日訪ねて来てくれる、シンシアちゃんの為にタルトの生地を焼いておいた。カスタードクリームも作ったし、後はフルーツを切って乗せれば完成だ。プリンを作っておいたし、これもフルーツを乗せることにした。


パンケーキは明日焼いて…ブルーベリージャムに似ている木の実があったしね、あれで代用しよう。


明日のことを考えながら足取り軽く自室に戻ると…部屋の前にリーフェがいた。


リーフェは足早に私に近付いて来ると


「ヴァル、夕食の時間だよ」


と、また目が潰れそうな微笑みを浮かべて私の腰に手をやった。まだ腰を負傷?したまま完治とはいかないので、出来れば触らないでいて欲しいんだけど…


負傷の原因であるリーフェは食堂に私を誘導しながら、ゆったりと移動してくれているし、一応は私の体を気使っていてくれているかな?


そして食事が終わって自室に戻る時も、エスコートしてくれているし確かに気を使ってくれてるよね。痛めつけやがって…なんて思ってごめんなさい…


「…あのぉ」


「うん?」


そして食事が終わって自室に入ったのは良いんだけど…どうしてリーフェが付いて来るの?


私が怪訝な顔をしているのに気が付いたのか、リーフェはちょっと慌てている。


「きょ…今日は何もしないよ?え~と、疑うなら…ほらっこれで手首を縛ってくれていてもいいから」


そう言って準備していたのだろうか…怪しげな黒い紐状の物体をポケットから出してきた。


私が目を細めてその紐状の物体を見詰めていると、リーフェは更に叫んだ。


「これでも安心できないなら、足も縛って寝台に括りつけておいてくれても構わない!」


「えぇ…?!」


余りの発言にギョッとしたが、頭の中で手を頭上高く縛られて、両足を縛られてパッカーンとされてハァハァ言っている色っぽいリーフェを想像…妄想してしまった。


「M字開脚…」


「エムジ…?」


「いえ、何でも…そんな緊縛プ……失礼、王弟殿下に不敬なことは出来ませんわ。そんな紐は仕舞って下さいな」


私がそう言うと…気のせいか、複雑そうな表情を浮かべながらリーフェは紐をポケットに入れた。


まさかの緊縛プレイをしたかったのじゃないよね?!こんな怖い顔をした私だけど、女王様気質ではないからね!


お風呂に一緒に入りたそうぅ…な雰囲気をリーフェから感じたが、正妃の私とそこまで打ち解けてしまっては妾妃様達の悋気に触れてしまいそうなので、辞退させて頂いた。


そして私がお風呂に入っている間にリーフェもお風呂に入って来たのか、寝間着に着替えて私の寝台に腰掛けている。


奴は(一応旦那)は今日は居座る気だ…


あまり私に歩み寄りを向けて欲しくないんだけどな…私、この辺境伯領で妾妃様兼、部下のおにーさま達に嫌われちゃったら、潤滑に仕事出来なくなるんだもの。


「ヴァル…さあおいで」


何故、手を広げる?イケメンキラキラ殿下の、おいで~に私も世の女子の端くれ、理性と欲望の間でグラグラしてしまったけど、仕事>欲望だということで、心に蓋をすることにした。


「はい、ではおやすみなさいませ」


ご不浄は済ませたし、お風呂上りにナイトクリーム系の化粧品も肌に装着済みだ。


サッとベッドに上がると、素早く掛布の中に潜り込んだ。しかし、横になった私の傍にリーフェが潜り込んで来て、私の体にねっちょり抱き付いてきた。


「殿下…ちょ…」


「何もしない、何もしない…おやすみ~」


「……」


ホントかな~?


最初は緊張していたが、マッチョな胸筋に包まれているうちに…いつの間にか眠っていたみたいだ。


翌朝


私が眠りから目覚め、目を開けると………間近でリーフェが目を開けてこちらを見ていた。


どんなホラーだっっ!!!


「おはようヴァル」


「おはようございます…」


もしかして寝ていないのですか?とは聞きにくい。男性の生理現象の存在感の凄さに、気圧されていることも聞きにくい理由の一つだが…


気付かないフリをしてメイドの呼び鈴ならぬ、呼び魔石に手をかざした。エルマが静かに入室してきた。


暫く室内に踏みとどまっていたリーフェは私が着替え始めると、慌てて内扉から自室の方へ戻って行った。


エルマがニヤニヤしているけれど、それがなぁに?みたいな顔をして見せて、何とかその場をやり過ごした。


さて、今日はM字開脚…違った、リーフェに構っている暇は無い。お昼からご来訪される予定の第二妾妃様のバファリアット少将の娘さん、シンシアちゃんを手厚くお出迎えしなくてはいけない。


簡素なワンピースドレスを着用すると、リーフェそっちのけで朝食を頂いてから、調理場へ駈け込んだ。


早速お菓子作りを始めた。


昨日、成形の終えたタルト生地にカスタードクリームを敷き、フルーツを切って盛り付けて行く。宝石箱…イメージはこんな感じだ。


冷やし固めていたプリンも型抜きから取り出して器に盛り、フルーツで飾る。


時々、視界の端にリーフェの姿が見えるのだけど、そのリーフェの後ろに般若みたいな顔のジル=グルフーリ様がチラ見していて、恐怖しかない。


流石にお昼前にパンケーキを焼き上げた時に、リーフェに大変に不敬だけれど文句を言った。


「殿下、いい加減にお仕事をして下さいませ、ジル=グルフーリ様の悋…いえ、怒気が気になって困ります」


リーフェはジル=グルフーリ様を顧みている。顧みているリーフェの顔は生憎と見えないのだが、痴話喧嘩は止めてくれ。


ジル=グルフーリ様は私に悋気を見られたのが恥ずかしいのか、また頬を染められている。


「ヴァル…俺もヴァルの作った、ソレが食べたいのだが…」


ソレ…と言ってリーフェは出来立てホカホカのパンケーキを指差していた。まあ…後から数は作る予定ではあったし…少し早いけど、いいか。


「では、こちらを殿下に昼食としてお出ししますね、執務室にてお待ち下さいませ」


リーフェはペカッーと神々しい笑顔を見せて、威嚇攻撃?をしてきた。


静まれっ静まれぇぇぇ!!


私はパンケーキとブルーベリーソースを用意してリーフェの執務室に向かった。旦那だけに渡すのはいけないと思って、妾妃様達にもパンケーキをお持ちした(*注:ジル=グルフーリ様はエッグベネディクトにした)


ガイト=バファリアット少将も嬉しそうに大歓迎してくれたし、リード=ピレビュー少尉なんて歓声まであげてくれた。


よしよし…妾妃様達と順調に距離を詰められているわ…


さて…


シンシアちゃんにお出しする菓子の準備も整ったし、私はお出迎え用のドレスに着替えることにした。


あまり威圧的な派手なドレスもいけないしね…上品且つエレガントで、素敵なお姉様☆を感じさせるドレスにしなくちゃね。


エレナとシーナは私のイメージ通りに、年上の可愛くて素敵なおねーさま☆っぽい仕上がりのフェミニーーンな感じに仕上げてくれた。


さて準備は万端だ。


部屋でトーナメント用のプレゼン資料を作っていると、シンシアちゃんが到着した…との知らせを受けた。そして私は…小さな妖精と対面した。


客間でバファリアット少将とリーフェと共に私の前に現れたのは妖精だった…!!


「初めまして、シンシア=バファリアットと申します」


私の前でカーテシーをして頬を染め微笑む妖精…髪の色と目の色はバファリアット少将と同じだが、ゴリマッチョ成分が一ミリも無いっ!!


これはバファリアット夫人がグッジョブ!なのか、意地でも娘にゴリマッチョ成分を引き継がせてなるものかぁぁ~という母の凄みなのか、バファリアット少将の娘さんは小さくて可愛い、妖精のような女の子だった。


「可愛いっ可愛いっ可愛いっ!!よく来てくれたわね~ヴァレリアです」


これはっ…バファリアット少将が娘さんの話をする時にデレデレするのは分かるわ~これは将来、美人さんになるわね。


「私、ヴァレリア妃殿下にお会いするのを楽しみにしていたんです!」


「まあ、ありがとう。私もシンシアちゃんに会えて嬉しいわ」


これは目尻が下がるわね~気持ちはすでに孫を可愛がるオバァの気分だ。


その日シンシアちゃんが帰った後も、私はシンシアちゃん可愛い!を連発していた。夜の寝室でリーフェに


「今度、ヒルカム雑貨店に一緒に行く約束をしたのです」


「良かったね」


「私、男兄弟しかいないから妹とか欲しかったな~と思うとシンシアちゃんが可愛くて」


「そうだね…だったら娘が出来たらもっと可愛いよね?」


と、リーフェに言われて座っていたカウチソファに押し倒された。


あれ?


リーフェが馬乗りになってくる。


「ヴァル…」


ちょっと…まてぇ!そういえば、あの日以来毎晩一緒じゃないだろうか?!


逃れようにもリーフェは王族で不敬な振舞いは出来ない、おまけにマッチョで腕力でも敵わない。これは絶対っ明日、妾妃様に怒られるよぉ?!

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