笑わせんなよ

私は朝からトーナメント用の模擬試合の準備をしていた。全隊員の名簿を見ながら、所属と階級などを確認していた。


それなのに…それを邪魔する奴らが現れた。


ひとりは知っている。私の実兄の後任でシュージアン殿下の側付きの補佐官に任命された役人だ。後のふたりは自己紹介から内務省の事務官だということだった。


「それで…わざわざ私の所にお越し頂いたのはどういうご用件で?」


邪魔はされたが邪険にするのも失礼だと、来客用の部屋でソファに座って補佐官達と睨み合っていた……ちょっと違うか?


暫く私と睨み合った後、シュージアン殿下付きの補佐官がピラリと何かの紙を懐から取り出して来て、私の前に差し出した。 


何の用紙?


私は差し出された紙を受け取ると内容を読んだ。


「何これ?」


チラッと見て、あまりの内容の無いような文面に……唖然としたまま補佐官の顔を見た。補佐官は眉間に皺を寄せている。


「何これ…と仰る通りの内容ではございますが一応、シュージアン殿下のご署名入りの公文書だと思われます」


「これがっ?!」


私は驚愕の表情を浮かべたままもう一度、公文書と言い張る文面に目を落とした。


『マリエリーナ=リーム令嬢との婚約式及び婚姻式について


その一:ヴァレリア=コベライダスの婚姻式より豪奢で贅沢なドレスをマリエリーナに準備すること


その二:ヴァレリア=コベライダスの婚姻式より豪華で贅沢な食材の最高級の料理を準備すること


その三:ヴァレリア=コベライダスの婚姻式より招待客を増やして婚約と婚姻の祝いとして、その式の日は特別の休日に選定し国民は祝うことを義務とすること


その四:……』


「アーーーッハハハハハハッ!!………笑い過ぎて顎が外れるかと思ったわ。それでどうしてこれをここに持って来たの?」


自称、公文書らしいソレを見て散々笑ってから補佐官を見ると、非常に苦々しい顔をしている。思わず笑ってしまってすみません…


「殿下に渡されましたので、不本意ながら国王陛下にお見せしました」


「反応に困るものを…陛下も苦慮されたでしょうね…」


「はい…少し目を通された後、指先で摘んで私に投げ返されてきました」


国王陛下、結構辛辣…


「それで、陛下はなんと?」


「殿下に、希望と夢の物語はいらないから、具体的な婚姻式に関する試算と計画案を書くように伝えろ…と言われました」


そりゃそうだ。こんなのがイイナ!ばっかりの幼稚園児みたいな計画書ではなく、式のコンセプトや具体的に使いたい食材…拘るなら産地はどこがいいか…それこそ、婚姻で着用するドレスはどこのドレス工房に発注するか…考えるだけでありとあらゆる分野の調べ物で広辞苑ぐらいの厚みがある計画案が出来上がりそうなくらいなのに。


「…で、シュージアン殿下はなんと?」


聞くのも嫌だけど、ここに補佐官達がきていることですでに嫌な予感はヒシヒシと感じている。


「ヴァレリア妃殿下に計画書を作らせて受け取って来いと…」


「アーーーッハハハハハハッ!!………腹が捩れるかと思ったわ。で…報酬は?」


「はっ?」


「何故、私がタダで計画書作りをしてあげなきゃならないのよ?私は事務官でもなけれシュージアン殿下の部下でもないわ。作業料は頂かないと…」


「…はいでは…」


「冗談よ」


「は?」


私は補佐官の眉間の皺を見詰めた。普段からシュージアン殿下と頭の痛くなるやり取りをしているに違いない。多分、彼の肌の艶を見る限り二十代前半?くらいだろう。


しかし今はお疲れの中年男性のような雰囲気を醸し出している。醸し出すのはうちのリアフェンガーのような色気とかの方がいいわよねぇ~?


思わず、執務室の方を見た。ここからはリアフェンガーの色っぽい姿は拝見出来ないけれど、今日はいつもにもまして色気が凄いと思う。


事後の気怠さと艶とでも言うのか……ああきっと昨日の夜は妾妃様達とめくるめく官能の一夜を過ごしたからに違いない。しっぽりがっつり……


いけない、こんな日の高いうちから淫らな妄想に耽るなんて…私は断じてそちらの趣味はないからね、うん。


「妃殿下…?」


「ああ…えっと、私とリアフェンガー殿下の婚姻式の時の資料があるからそれを参考にしてみて下さい。料理に関しては各領地の産地からどの品種の畜産物と農産物が納品できるか纏めてあるの。卸価格は調べた一年半前のままだから、各領地に再度価格を確認してみて下さい」


私が一気にそう捲し立てると、横に控えていた事務官達がメモを書き出している。恐らくこの二人は国王陛下が派遣してきた事務官ね、流石…


「それと、リアフェンガー殿下の婚姻式で献上して頂いた領地の農産物や畜産物と同じ産地のものはシュージアン殿下の時は使わないようにして下さい」


「どうしてでございますか?」


「各領地から取り寄せて、献上して貰った時に『王家御用達』の印を差し上げたの。この農産物や畜産物は王家の婚姻に使われたものです…と宣伝に使う許可を与えたのよ。これほどの宣伝効果はないでしょう?シュージアン殿下の婚姻の際にまた同じ産地の産物を使うとなると、他の領地から反発を食らうわ。こういうのは依怙贔屓は禁物。次は別の領地から献上をお願いしなくては、要は地方活性化の政務の一環だと思わないとね」


「なるほど…」


補佐官のお兄様は目を見開いて、ご自分でもメモをしている。もしかするとこの後任の方は、うちのお兄様が推薦した後任の方かな?動じない感じといい、兄と同類の気配を感じる。


「それと料理の品目は私と殿下にお出しした料理に、更に一品追加して調理するように料理長にお願いしておいて下さい」


私の言葉に補佐官のお兄様は首を傾げた。


「一品でございますか?」


「シュージアン殿下の見栄の為よ、この夢と希望の詰まった覚書を見ても分かるでしょう?少しでもいいから私より良いモノを手に入れたいのよ」


「ぶっ!…ゲホンゴホン…」


事務官の方が吹き出した。慌てて咳払いで誤魔化している…


「それとマリエリーナ様の件ですが婚姻式用のドレス工房は工房選びの時に、三店のドレス工房から選んだの。マリエリーナ様のドレスは…」


「ヴァレリア妃殿下のドレス工房とは別の工房に頼んで、装飾の宝石を一つ多めに使うということですね?」


やはりこの補佐官…お兄様の手の者よね?補佐官にニヤリと笑いかけて頷いて見せた。


「小細工をするのならシュージアン殿下にお見せする試算と国王陛下に提出する試算を別にしてみるのも手だわ。私とリアフェンガー殿下との婚姻の際に『王家御用達』の威力は充分に理解されているから、納入業者や各領地の領主が挙って食材や名産を献上しようとしてくると思うわ…仕入れ価格を競争させて原価を押さえてみるのも手よ。宣伝効果を餌に仕入れ値をとことん押さえてみて…シュージアン殿下に見せる試算は通常価格の私達の婚姻式よりすこーーし豪華な式の試算を見せておけば満足でしょう?」


我ながら王族を手計たばかり、虚偽記載を唆すのは悪役令嬢のようだとも思ったが…経費節減の為だ、背に腹は代えられない。


「…という感じで国王陛下に進言してみておいて下さいな」


最後に悪代官(陛下)に丸投げしておいた。良きに取り計らって下さるだろう…


「シュージアン殿下は騙され…あわ…え~と信じて下さるでしょうか?」


メモを書き終わったのか、大柄な体格の事務官の方が失言をしつつそう聞いてきた。


「あ~大丈夫だと思うわよ?あのシュージアン殿下が、前回調べ挙げた婚姻式に関する資料に目を通すなんて面倒なことを、する訳が無いもの」


補佐官のお兄様は、微笑みながら頷いた。


「妃殿下のご指示のままに…」


「お願いします」


色々言ってみたけれど…一言で言うなら、手間をかけるな!金をかけるな!…だ。


これで最低でも半年は式の準備にかかる。シュージアン殿下もマリエリーナ様も大人しくしていてくれたらいいのだけど…あ、そうだ。


「もし、もっと早く準備をしろ…とシュージアン殿下が言ってきたら、早くするとヴァレリアより貧相な式になりますが?と言って差し上げて」


「賜りました」


ニヤリと笑う補佐官のお兄様は最初に会った時より、少し疲労感がマシになった気がする。後ろに控えている事務官の方がまた吹き出して笑っている。


そうしてシュージアン殿下のお使いの三人は帰って行った。


「ふぅ…」


シュージアン殿下の嫌がらせをして婚約と婚姻式を挙げさせないというのも、大人気ないものね。まあいいか…そこそこ見栄えの良い式を挙げてもらって、領地の特産品やドレス工房のお披露目を兼ねていれば宣伝広告費が浮くし、費用対効果もバッチリときたもんだ。広告塔としてあの二人には頑張って貰いましょ。


すっかり冷めたお茶を飲んでいると、リアフェンガーがしっとりとした色気を放ちながら部屋に入って来た。


しかし本当に今日は一段と色っぽいね…思わず首の辺りに赤い痣が無いかを見てしまう。破廉恥な痣は無いけど、寝不足なのかも?


「殿下…」


「名前…」


「…リアフェンガー?」


「何?」


色っぽいリアフェンガーに少し近づくと


「寝不足なのですか?」


と下世話だと思うが聞いてみた。


リアフェンガーはソファの背凭れに深く凭れかかった。


「ヴァルはよく眠れたみたいだな……」


「…はい、お陰様で」


リアフェンガーは大きく溜め息かな?をついた。


どうしたのかな?妾妃様達と喧嘩でもしたのかな?

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