リアフェンガーは悩み中②
俺はジル=グルフーリを睨みつけていた。
ジルに手土産を拒否されて俺の妃、ヴァレリアは顔色を変えていた。その後、小走りにどこかに行ってしまったヴァルを追いかけようとしたが、タウロエ卿とジーレイ卿が「お任せを」と言って後を追って行ったので…彼らに任せることにした。
断じて、卿らに先を越されたから今更追いかけるのは恥ずかしい…という訳では無い。
渋々、本当に渋々…執務室に戻ると、席に着くなりリード=ピレビュー少尉が、ヴァルから貰った菓子箱を開けて焼き菓子を食べ始めた。
「いや~この焼き菓子、めっちゃ美味しいですねぇ~あれ?ガイトさん、お菓子食べないんですか?」
リードの言葉にガイト=バファリアット少将を見ると、ヴァルから貰った焼き菓子の箱を引き出しにしまおうとしている。
「シンシアが大好物なんだ…」
「あ~なるほどね、確かに女の子はお菓子好きですよね!」
ガイトの話に出て来たシンシアとはガイトの一人娘だ。母親は早くに早世しており、今はガイトとガイトの両親…祖父母の元で暮らしている。
「あ、そうだ。王都でシンシアにお土産を買ってきたんだが…」
ヴァルと入った宝石店で見付けた、屑石を合わせて作った動物を模った手のひらサイズの置物を石の輝きが綺麗だったので買ってみたのだ。
「確かミートを模した置物だ。女子はあの小動物が好きだろう?」
たしかシンシアもミートのぬいぐるみを持っていた…はず。宝石店の店員が小さな女の子への土産だと説明すると、桃色の可愛い袋に包んでくれたので、その袋をまだ荷解きを済ませていない鞄の中から取り出して、ガイトの大きな手に乗せた。
「殿下…ありがとうございます」
ガイトが嬉しそうに頬を染めている。大男にデレられても嬉しくないけどな!
「それにしても、リードはそんな甘ったるいものをよく食べれますね…」
ジルの溜め息混じりの声が聞こえてきたので、再びジルのを方を見た。
「ジル…」
「なんでしょうか?」
ジルは冷ややかな目を俺に向けてきた。
「苦手な菓子でもヴァルが差し入れてくれたものだ。何故、受け取らない」
ジルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「受け取ったとしても、あの察しの良いヴァレリア様ですよ?私が苦手でも無理して食べているのを見たら気に病まれるでしょう」
「まあ…確かに…」
「でもジルさんも大人だからぁ~苦手でも顔に出しちゃダメっすよ!」
怖いもの知らずのリードがジルに偉そうに説教をぶつけてきた。お前…知らんぞ?後でジルからネチネチ苛められても…
ジルが益々怖い顔をして、焼き菓子を食べ続けているリードを睨んでいる。
俺が静かに執務を始めると、ガイトも書類を整理し始めた。
執務室はモシャモシャと菓子を食べるリードの咀嚼音と、俺達の書類を捲る音だけが聞こえていた。
どれくらい時間が経っただろうか…執務室の扉の向こうにヴァレリアの気配がした。
「失礼致します、ヴァレリアです」
ヴァル!どうしたんだ?
「ヴァル?!入って…」
ヴァルはカテーシーをした後に、口角を上げて笑顔を浮かべながらジルの前まで歩いてきた。ヴァルは手に何かの籠を持っている。しかも…籠からとてつもなく良い匂いがする。
「先程はジル=グルフーリ様のお嫌いな物を差し上げようとして申し訳ありませんでした。お詫びと言ってはなんですが…ジル=グルフーリ様の乳母のキサラにお聞きしまして、お好みの味の料理を準備させて頂きました。私が作ったので味の方は確かではありませんが、ご賞味いただければ…」
そう言ってヴァルは籐籠を静かに差し出した。
なんだって?!
「ヴァルの手作り?!」
「ええっ?!」
俺が思わず叫ぶのと同時にリードも叫んでいた。ジルとガイトは驚きで固まっているようだ。
するとヴァルは俺の方をチラチラと見てから慌てて口を開いた。
「毒などは入っておりませんよ!今も調理場で料理人の皆様にも食べて頂いているので…問題無…」
「その心配はしておりません」
そう言いかけていたヴァルの言葉は、ジルに素早く否定されていた。当たり前だ、誰がヴァルが毒など入れると思うものか……しかし手作りだって?
すると、ジルは一呼吸おいてからヴァルの差し出した籐籠に手を伸ばした。
「先程からとても良い匂いがしております。私に差し入れて下さるのでしたら有難く頂きます」
「?!」
ジルが照れている?しかもちょっと顔を赤らめてるぞ…?
「どうぞ、召し上がって」
「!!」
ヴァルが…ヴァルが満面の笑みを浮かべている。
ヴァルは籐籠を渡すとすぐに踵を返してしまった。俺は慌ててヴァルに声をかけた。
「ヴァ…ヴァル?ちょっと…え?手作り…ジルにだけ手作りなのか?!」
振り向いたヴァルは怪訝そうな顔を俺に向けた。
「……?はい、キサラにお聞きしたらジル=グルフーリ様は辛味の味がお好きだということで、作ってみました」
そんな…ジルにだけ?
「ああ!」
ジルの方を見ると籐籠を開けて…何かの揚げ物?を手で摘まんで食べているじゃないか!
「……これは辛味が後からきて、非常に美味しいですね」
何を食べても「いいですね」しか言わない、ジルが褒めてる?!
「ま……まあっお口に合いましたか?よかったです…」
ヴァルは…また満面の笑みを浮かべている。しかも俺と目が合うと何故か深く頷き返してくる。
いやいやあ?何故満足げに微笑む?俺は納得してないっ納得してないぞ!どうしてジルだけ手作りなんだ!
「ヴァル…俺にもヴァルの手作りの食べ物は…」
「ああっ?!僕も食べたいです!」
リード?!お前は黙ってろ!
俺とリードが一斉に聞くとヴァルは小首を傾げた。
「調理場に…まだ残っているかしら?」
俺が瞬時に席を立って駆け出すと、リードがすぐに追随して来た。
「殿下ぁぁ…僕も食べます!」
リードお前、先程まで菓子をずっと食べていただろう!まだ食べるのか?!
リードと競い合うように調理場に駆け込むと、料理人達が調理台の周りに集まっているのが目に飛び込んで来た。
「で、殿下?!どうされましたか…」
料理長が駈け込んで来た俺達に話しかけてきた。料理長に事情を話そうとした時に、椅子に座っている乳母達が俺の方を見てニンマリ笑っているのに気が付いた。
その顔っ何か知っているな!
俺は乳母のヘルミナの傍に駆け寄った。
「ヘルミナ!ヴァルの料理を…」
「あらあら…まあ、ウフフ。それなら全部頂きましたわ」
「食べたのか?」
ヘルミナとジルの乳母のキサラ、元女官長のサイエリカは口元をナフキンで押さえながら、さも今食べ終わりましたよ…というような雰囲気を出している。
何だか悔しい…
「ヘルミナさぁん~美味しかった?美味しかった?」
リードがヘルミナに抱き付いている。おいおい…リードはこうやって人に甘えるのが上手いのだが…まるで孫と祖母のようだ。
「妃殿下なら、頼めばお料理して下さるのでは?」
「殿下もリード様のように甘えてみれば?」
キサラもサイエリカも無茶を言う…この図体のでかい俺がヴァルに甘えていたら気持ち悪いと言われるのがオチだと思う。
結局ヴァルの手料理にありつけなかったリードと二人…肩を落としながら執務室に戻った。
執務室では…ヴァレリアが長椅子に座って書類を見詰めて難しい顔をしていた。ん?ヴァルが何の書類を見ているんだ?
ヴァレリアは難しい顔をしたまま俺を見てきた。
「殿下…各部隊の班ごとの討伐実績を確認したのですが…実績が突出して高い班と全く実績の無い班がいますが…これはどういうことですか?」
俺は唖然としてジルを見た。ジルは…まだヴァルの料理を食べていた!
「あ…え…と」
俺が言い淀んでいるとガイトが先に口を開いた。
「それは…第四班のことでしょうか?あの班は元々辺境に住んでいた地元の狩人の一族でして…魔物が出没した際は先陣を切って討伐に出て行くのです…そう言う訳で四班だけが討伐実績も著しく…」
「つまりは、魔物討伐にはその四班ばかりが出ていて他の班はお飾り…という訳ですね?」
すると、リードがヴァレリアに向かって強めの口調で言い返した。
「飾りじゃないですよっ…皆、志願して辺境に来ているっ…僕だってそうです!だけど実戦経験があまりにも乏しいので…四班の先輩達に任せてしまっているのが現状です…」
リードは段々声を小さくしてしまった。リードも実力がある。しかし四班の方々に比べると狩りという面では不慣れだ。そんなことは辺境に赴任してきている軍人達皆が感じていることだ。
ヴァレリアは小さく唸ってから俺の方を見た。
「その四班に所属している隊員から不平不満は出ていますか?」
俺は心当たりがあることを指摘されて、眉間に皺が寄るのを感じた。
「ああ…四班は魔物討伐にほぼ毎日駆り出されている。他の班の隊員では狩り切れない魔物の後始末にも追われている…幸いここ数年は死者は出ていないが、四班の連中も自身の高齢を理由に引退をほのめかしてきて…」
「では…四班の方々は各班の指導係に回ってもらいましょうかね?」
「え?」
執務室に居た男達が一斉にヴァレリアを見た。見られたヴァレリアは笑顔を浮かべた。
「高齢なんでしょう?でしたら、おじーちゃん達には隠居してもらいましょう」
と、四班の御仁が聞いたら怒鳴り込んできそうなことを笑顔で言い切った…
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