男(仮)は黙って辛口だ!

「どうして受け取らないんだっ!」


リアフェンガーの怒鳴り声が第一妾妃様のジル=グルフーリ様に向けられた。


これはマズイ…リアフェンガーは、正妃である私の顔を立てようとしているのかもしれないけれど、どう考えても私がマウントを取っていると思われてしまう危険性がある!


「待って…お待ち下さいっ殿下!私がしょ…ジル=グルフーリ様の好みを調べもせずに押し付けようとしたことが原因です!」


「し…しかし…」


「しょ…ジル=グルフーリ様のお怒りはごもっともです。私が悪いのです、申し訳ございませんでした」


私が謝罪しようとしたら周りから悲鳴が上がった。メイドのエルマ達だ。


「妃殿下っ?!」


私は急いで松と竹の菓子折りを下げるとカーテシーをしてから、エルマに菓子折りの箱を渡すとすぐに移動した。


「ヴァル!」


呼び止めるリアフェンガーの声が聞こえるけど、殿下には妾妃様のご機嫌取りでもしていて欲しい…


しかしとんでもない失態だ…調査不足にも程がある。ジル=グルフーリ様の嗜好を確認しなくては…私はその足で城の調理場へと向かうことにした。


料理のことは料理長に聞くに限る!


廊下を歩いていた使用人(男性)に調理場へ案内してもらった。


「ひ…妃殿下!こんな場所へ…」


「お仕事中に失礼しますね、料理長はどなた?」


調理場(男性ばかり)の中からダンディなおじ様が出て来た。あら、カッコイイ。


「ヴァレリアでございます」


「妃殿下…!どうされましたか?」


料理長に向き合った時に調理場の隅でこの城で唯一の女性だと思われる、おばあちゃま達三人が、椅子に腰かけているのが見えた。


おばあちゃま達は私に気が付くと、立ち上がろうとしたので私は傍に駆け寄ると腰を落とした。


「無理にお立ちにならないで、腰かけていて下さいな。ヴァレリアでございます」


すると、おばあちゃま達は微笑まれた。何となく分かる…このお三方、お年を召されているけど気品がある。絶対貴族子女だ。


「あの…妃殿下、何かご用事で?」


あら、いけない。折角調理場に来たのに…という訳で料理長に訳を話してみた。


「…という訳でしてジル=グルフーリ様に甘い菓子を拒絶されてしまいましたので、ジル=グルフーリ様の好みの食材を教えて頂けたらと…」


「ジル様ですか…え~とそれでしたら、そこのキラサ様に聞いた方が早いかと…」


そこの…と言って料理長がおばあちゃま達に手を向けた。キサラ様?


するとおばあちゃまの三人の内のお一人が、笑いながら手を挙げた。お話を伺うと…


「まあ…キサラ様はジル=グルフーリ様の乳母でしたの!ヘルミナ様はリアフェンガー殿下の乳母…おまけにイエリカ様は王城の元女官長!皆様に気品がおありになるのは納得ですわ」


このお三方はただのおばあちゃまではなかった!


というわけで、キサラに(様付けは拒否された)ジル=グルフーリ様の好みを教えてもらうことにした。


「ジル様は辛い食べ物が好きですね…お酒と共に召し上がることが出来る食べ物とかは特に好きね…」


おおっ、酒のつまみ…アテだね!よしよしっ…だったら


「分かりましたわ!料理長っ調理場を貸して下さいませ!」


「えええっ?!」


調理場にいた皆が悲鳴を上げた。


私は早速、食糧庫を見せてもらい…魔獣肉の鳥っぽいもの、同じく豚っぽいものと数種類の野菜を使わせてもらうことにした。


そして調味料の倉庫も見せてもらった。


「あっ唐辛子もある!…え~と辛味を出す香辛料に似ている食材があるから助かるわ~これはこの地方のものなの?」


なんと、この辺境が寒い土地柄だからか、お味噌っぽい発酵食品があるのよ!勇気を出して舐めてみたら、結構辛めの赤味噌みたいだったしこれでお肉の味噌炒め作っちゃお!


私が鳥に衣をつけて絡めダレを作っていると、料理人の皆が背後からメモを取りながら覗き込んでいた。


「あの…その調理方法は『異界の叡智』なんでしょうか?」


料理長に聞かれて、叡智なんて凄いモノでも無いけど…と思いつつ答えておいた。


「まあ、あちらの世界の食べ方ではありますね?でもこちらでも似た様な食品があれば、いくらでも作れますけどね~」


慣れない調理器具だが、料理人の男の子達に下ごしらえを手伝ってもらい、やっと『豚と野菜の味噌炒め』と『鳥唐揚げのピリ辛和え』と『フライドポテト』を作った。急いで作った割にはちゃんと出来たと思う。


「皆さんありがとう!何とか完成しましたわ。これを籐籠に詰めてジル=グルフーリ様にお渡しすれば喜んで頂けるのではと思います」


周りの料理人達から歓声があがる。


すると、お料理?メモを書き終えた料理長が、ソワソワしながら聞いてきた。


「妃殿下、お作りになった料理が結構な量、残ってますが…」


「ああ、残りは皆様で召し上がってみて下さいな。お口に合うと良いのだ……」


私の言葉は最後まで言わせてもらえなかった。野郎共の雄叫び?にかき消されて、大皿に乗せられた料理の奪い合いが始まった。


私はエルマとフリージアと一緒に急いで調理場を離れた。巻き込まれて怪我でもしたら大変だ。


「エルマとフリージアは先に部屋に戻っててね。王都から持ってきた焼き菓子、一旦箱から出してばらしてしましょう。一人当たりの量は少なくなるけど、このお城にお勤めの使用人や軍の方々に差し入れたいのよ」


そう言って笑うとエルマとフリージアも返事をしながら大喜びだった。


エルマ達と別れて私が一人で歩き出そうとすると、護衛のギリディはエルマとフリージアについて戻ってくれるようで、残りの近衛出身のタウロエ卿とジーレイ卿が私の後に続いてついて来てくれた。


「良い匂いがしますね~」


「異界の食べ物ですか?」


ジーレイ卿が私の手元の籐籠を見て嬉しそうに聞いてこられた。分かるわ~食欲をそそる良い香りでしょ?


「今度、卿達にも作って差し上げますわ、多分…男性は皆、お好きな味だと思うのよね」


「おおっ!」


「楽しみですね!」


普通の近衛の方は護衛対象に無暗に話しかけてはこない…私がフランクに誰とでも話す令嬢なので、初めは頑なだったタウロエ卿とジーレイ卿も段々と親し気に接してくれるようになった。


さて…またも使用人達にジル=グルフーリ様の行方を聞きながら歩いて、執務室と書かれた扉の前に辿り着いた。


「失礼致します、ヴァレリアです」


扉をノックをすると、室内からリアフェンガーの慌てた声が聞こえた。


「ヴァル?!入って…」


扉を開けた室内には………リアフェンガーとその妾妃達、ジル=グルフーリ様、ガイト=バファリアット少将、リード=ピレビュー少尉がずらりと顔を揃えていた。


しまった?!リアフェンガーとウフフアハハ…とか、くんずほぐれつ?している所に乗り込んでしまったのか?


「…っ!」


何故か、室内に居た方全員(殿下も含む)が椅子から一斉に立ち上がった。妾妃様達に着衣の乱れは無い……つい、目が行ってしまった。下世話で済みません…


私は、いつものクールビューティな表情が崩れて困ったような顔をしている、ジル=グルフーリ様の前に立った。


「先程はジル=グルフーリ様のお嫌いな物を差し上げようとして申し訳ありませんでした。お詫びと言ってはなんですが…ジル=グルフーリ様の乳母のキサラにお聞きしまして、お好みの味の料理を準備させて頂きました。私が作った物で味の方は確かではありませんがご賞味いただければ…」


「ヴァルの手作り?!」


「ええっ?!」


「…!」


なんだか殿下以下、妾妃様方の驚きが大きいのだけど……あっ!


「毒などは入っておりませんよ!今も調理場で料理人の皆様にも食べて頂いているので…問題無…」


「その心配はしておりません」


「……ソウデスカ」


ジル=グルフーリ様に素早く切り返された。だって愛人への嫌がらせの定番と言えば、正妃からの毒入りの差し入れじゃない?え?宮廷愛憎ロマンス小説の読み過ぎだって?


ジル=グルフーリ様は、こちらへ手を差し出された。


「先程からとても良い匂いがしております。私に差し入れて下さるのでしたら有難く頂きます」


ジル=グルフーリ様は早口にそう言ってるが、頬が赤い気がする?少し照れている?


私は受け取って貰えそうだと嬉しくなって、満面の笑顔で籐籠を差し出した。


「どうぞ、召し上がって」


私は、渡し終えるとすぐに踵を返した。


「ヴァ…ヴァル?ちょっと…え?手作り…ジルにだけ手作りなのか?!」


何をそんなに慌てているのか?愛人とウフフアハハしている所に本妻に乗り込まれて恥ずかしいのか?


「……?はい、キサラにお聞きしたらジル=グルフーリ様は辛味の味がお好きだということで、作ってみました」


リアフェンガーがいつになく怖い顔で私を見ているけど、毒見の心配は無いって…あっそうだ!


「…え?」


私が皆の目の前で毒見をすればいんじゃない!と思い、ジル=グルフーリ様を見たら、ジル=グルフーリ様は既に鳥唐揚げを食べ始めていた。しかも素手で……お行儀悪いよ?


「ああっ!」


私が叫ぶより先にリアフェンガーとリード=ピレビュー少尉が叫んだ。


だから…そんなに驚かなくても、毒は入ってませんってば……信用無いのかな私…

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