これ…つまらないものですが…

ホースト辺境伯領には王城から転移魔法で一瞬で行けるらしい。いやぁ便利な世の中になったね~え?そうじゃない、異世界ですか…そうですか…


一瞬で転移しちゃうとね、心構えみたいなものも準備しないままに到着してしまった訳でして……お出迎えしてくれた威風堂々な方は…右を見ても軍人、左を見ても軍人、思っていたより筋肉達の圧が凄い。


「おかえりなさいませっ!」


「おかえりなさいませっ組長!」


………あれ?今、幻聴が聞こえた様な気がするね。構成員の方々がクミチョーと姐さんのお出迎えの図に空耳しちゃったわ。


それにしても…お出迎えの方々の男性率が高い。筋肉達の間に挟まれるようにして…ご年配の使用人の方?笑顔のおばあちゃまが三人いらっしゃるのが見えるけど…今、見える範囲内で一番若いおなごは、私付きのメイドのエルマ(十七才)じゃないかと思われる。


あ、そうか妾妃様達は本妻の私如きなんて挨拶するほどの価値も無いとご判断されている訳だね!


はぁ…憂鬱…初めからそんな調子だと、妾妃様達と友好的に過ごしたい私としては凹むわ。


「お待ちしておりました、執事のテリウムと申します」


筋肉達の間から、おじ様が顔を出してご挨拶をくれた。おじ様…というより四十代くらいかな?


「ヴァレリアでございます、本日よりお世話になります。不慣れで御座いますが宜しくご指導頂けると有難く存じます」


私が仕事頑張りまっせの言葉と共にカーテシーをすると、周りの筋肉達から歓声が上がった。やっぱり体育会系にはストレートなご挨拶が一番だよね。


「ヴァル…」


リアフェンガーが、歩き出そうとした私に手を差し出そうとしたが、私はその綺麗な御手を素早く制した。


「お気遣いなく、足腰はしっかりしておりますので大丈夫でございます」


「…え?」


そう断りを入れると、構成員のアーチの間をドシドシと歩き出した。


そう…こんな玄関口でリアフェンガーと手なんか触れ合っている所を妾妃様達に見られてしまったらどーすんのよ?きっと今でも二階の窓のカーテンの影から、こちらを睨みつけている気がするもの!


新参者は大人しくするに限るわ…


堅牢な作りのお城に入り…テリウムさんに案内されて、お城の奥の部屋に案内された。部屋の内装は落ち着いた青色を基調とした配色で、テラスから裏庭に直接出られる仕様になっており、その裏庭は色とりどりの花が植えてあり、とても綺麗だった。


良かった…いびられて物置小屋とかに入れられるかと思ってた…


「妃殿下、如何でしょうか?」


妃殿下?!……私だったね。思わず驚いてしまったよ。


「はい、裏庭も美しく整えて頂いて…快適に過ごせそうです、ありがとうございます」


私が笑みを浮かべたままお礼を述べると、テリウムさんは目を見開いた後に微笑みを浮かべて「有難きお言葉です」と頭を下げられた。


さて、今日は荷解きに精を出しましょうかね~


と、言っても荷解きをしたり、室内を整えたりするのはメイド達の仕事だ。私がしゃしゃり出て手伝って良いことはない。これは彼女達の『仕事』だからだ。


私はシーナに入れてもらったお茶を飲みながら、これからの段取りを考えていた。


妾妃様の存在を本妻である私がチラつかせる訳にはいかない。いずれ妾妃様達にはお会いする機会もあるだろう…取り敢えずは国王陛下に頼まれていた領地の整備や設備投資、補修事業…軍備の予算の見直しをしてみよう。


無駄遣い撲滅!目指せっ経費削減!


心躍るワードだわ…


「ヴァル、いいかな?」


扉がノックされて…リアフェンガーが顔を出した。あら?帰って来たら真っ先に妾妃様達に会いに行かないのかな?


「どうぞ」


私が席を立ち…殿下を招き入れると、殿下の後ろから二人の男性が入って来られた。一人は私と年が近いかな?とても可愛い顔の若い軍人さんだった。もう一方はゴリマッチョ…まごうこと無きゴリマッチョの軍人さんだった。


「リード=ピレビュー少尉とガイト=バファリアット少将…共に俺の事務方の補佐をしてくれている」


私はご挨拶をしようと、まずは可愛い顔のピレビュー少尉に顔を向けて…気が付いた。私を見るピレビュー少尉の目には、明らかな侮蔑の色が浮かんでいたのだ。


私は思い違いをしていたのではないか?…直感で気が付いた。妾妃様は何もだとは限らないじゃないか……先程から女性の数が圧倒的に少ない。ああっああ……


リアフェンガーの恋愛対象は男性だったんだ!全てこれで分かった…カーテシーをしながら思わずヨロめいたら、リアフェンガーが慌てて支えてくれた。


その時、バファリアット少将から鋭い眼差しを受けた…ああっ!ゴ…ゴリマッチョも恋愛対象だったのねーー!!バファリアット少将には申し訳ないけれど、リアフェンガーの守備範囲の広さに悶えるわ…


「ヴァル?!どうした?大丈夫か…」


「ええ…すみません、少々立ちくらみを…エルマ、フリージア…『松』と『竹』持って来て」


「え?…はっはい!」


エルマとフリージアは慌てて部屋の中に飛び込んだ。


松と竹とは、妾妃様達に手土産としてお渡ししようと思った購入した、焼き菓子詰め合わせを値段と共にランク分けして松、竹、梅、の三ランクにしておいたのだ。


私はエルマから竹の焼き菓子が入った箱を受け取ると、ピレビュー少尉にズイィ…と差し出した。


「これつまらないものですが…本日よりこちらでお世話になる、ヴァレリアと申します。ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」


「え?あ……はい、ありがとうございます、頂きます……」


異世界語が混じってしまってズタボロの挨拶になってしまったが、第三妾妃様と思われるピレビュー少尉に無事にご挨拶が出来た。


私はフリージアから松の焼き菓子が入った箱を受け取って、バファリアット少将にズイィ…と差し出した。


「これつまらないものですが…本日よりこちらでお世話になる、ヴァレリアと申します。皆様のご不興を買わないように精進して参ります」


「む…あ…はい、お願いします」


バファリアット少将は鋭い眼光で私を睨みつけたまま、菓子折りを受け取って下さった。彼(彼女か?)は第ニ妾妃様だと思われる。


とんでもない精神的負荷を受けてしまったわ…こうなってくると、副官として最初からリアフェンガーに随行して来ていた涼し気な目元のクールビューティ系のジル=グルフーリ様が大本命の第一妾妃様で間違いない!!


なんてこと…なんてことだよ?!どおりで、事あるごとに鋭い目で私を見ているなと思ったよ…横から割り込んできた、身分だけは一丁前の若いだけが取り柄の私を睨みつけていたに違いないよ。


「いけない…!」


「どうした?」


リアフェンガーがビクッとして私の顔を覗き込んできた。


第一妾妃様のジル=グルフーリ様にご挨拶をしなくちゃ!!


「ジル=グルフーリ様はどちらに?!」


「えぁ?!…あ…と、まだ外かも?」


「エルマ!松と竹を両方持って来て!」


「はっ、はい!」


私はポカンとするリアフェンガーに向き直るとカーテシーをした。


「殿下、私…大切な方にご挨拶を失念しておりましたので、御前を失礼致しますわ」


エルマとフリージアがそれぞれ手に松と竹の菓子箱を持って出て来たのを確認して、私は小走りに城の門前に走り出た。


いらっしゃったわ…!ジル=グルフーリ様。こうやってみるとリアフェンガーの男性の好みがよく分からない。可愛い系からゴリマッチョやクールビューティ系…すべて属性?がバラバラの……ハッ!


全キャラ制覇のハーレムが好きなのかしら?リアフェンガーに傅くピレビュー少尉とジル=グルフーリ様やバファリアット少将を想像して動悸が激しくなった。


私は決してソチラの趣味は無いはず…よね?異世界で目覚めるなんてことはないはず…


私が近付いて来るのに気が付いたのかジル=グルフーリ様が私を見た。ううっ…また鋭い目で私を見ている。


「大変にご挨拶が遅れまして申し訳ございません。改めまして本日よりこちらでお世話になります。ヴァレリアでございます。未熟者では御座いますが何卒宜しくお願い致します」


私は松と竹の菓子折りを両方掲げ持つと、ズイィ…とジル=グルフーリ様に差し出した。


ジル=グルフーリ様は無反応だ…ものすごい緊張感が私を襲う…!


暫く、無言で私を見下ろしていたジル=グルフーリ様が口を開き、低い声で言い捨てた。


「私は……甘い菓子が苦手です」


やっ…やってもたーーーー!!!


第一妾妃様の苦手な物を渡そうなんて、本妻からの嫌がらせと取られかねない…ああ、どうしよう。何か代わりを…慌ててしまってオロオロしている間に、緊張していたこともあり目から涙が零れてしまった。


「…!」


ジル=グルフーリ様が息を飲む音が聞こえた。おっ…怒られる!?


「ジルゥゥッ?!お前っ何を…ヴァルを泣かせて何をやってるんだ!!」


ひえぇぇっ?!目を吊り上げた綺麗なリアフェンガーがものすごい勢いで門前に駆け出してきて、旦那と本妻と妾が勢揃いする修羅場が出来上がってしまった。


口から魂が飛び出しそうだよ………

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