リアフェンガーは悩み中①

八才も年下か…甥のシュージアンが突然やらかした婚約破棄のせいで、破棄されたヴァレリア=コベライダス公爵令嬢…醜聞に晒された『異界の叡智』の為にお前が婚姻しろ…と言われた時は正直困ったな…と思ったものだ。


公爵令嬢でまだ若い女性を辺境伯領に嫁がせるなんて、可哀相だと思う。確かに衆人環視の中、破棄されて傷付いているだろうしそんな若い子を助けてあげたいという気持ちも分かる。


俺…婚姻は二回失敗してるんだけど…


まあ、失敗というか姉達が紹介してくれる令嬢が悉く、典型的な貴族令嬢だったせいなのだろうけどね。


つまりは綺麗なものに囲まれ、宝石やドレスの話題…茶会から舞踏会、そんなことを繰り返していた令嬢がいきなり魔獣に囲まれる寒冷地に越して来て、上手くいくわけがないのだ。


最初の妻は十日で逃げた。二番目は一か月だった。


流石に姉達も警戒して令嬢を厳選したが、顔合わせの段階で皆から断られた。だって


「舞踏会や茶会などは行いませんよ?ドレス…?一年に一度着るくらいじゃないですか?」


と言ってしまえば貴族令嬢なら皆、呆れて…辺境伯領になんて来ないはずだった。


もう、一生独りでもいいか…とも思っていたんだが…それがいきなりの18才の令嬢と婚姻だって?


兄上…国王陛下はあの令嬢は絶対に大丈夫だから…としか言わないし、三日くらいの最短記録で辺境伯領から逃げ出すんじゃないかな?


そう思いながら渋々…辺境伯領からキンダースリアの王城に来てヴァレリア=コベライダス公爵令嬢を見て…正直、驚いた。


銀糸のようなシルバ―ブロンドの髪色にアメジスト色の大きく潤んだ瞳、体は煽情的で腰は綺麗にくびれている。


扉を開けて不作法に部屋に入って来た俺を見て驚き固まっていた彼女は、話してみると年の割には聡明な内面を持ち、そして時折垣間見せる儚げな顔も魅力的な、美しい令嬢だった。


はっきり言ってしまうと、俺の好みの女性だった…


「生きてて良かった…」


「そうでございますか…先月の討伐で腹部に裂傷を負った時に死なずに済みまして良かったですね…」


俺は側近のジル=グルフーリの涼し気な顔を睨んだ。


「冗談じゃないぞ…人の不幸を喜んではいけないが、シュージアンと婚約破棄になってくれて本当に助かったというか、嬉しくて堪らないんだ。もしこれがシュージアンとこのまま婚姻していたらあいつの婚姻式で初めてヴァレリアを見て、俺は恋してしまいシュージアンから略奪とか起こしてしまっていたかもしれないだろ?」


「そこまで…ですか?」


「そこまでだ…はぁ…ヴァレリアは可愛い…綺麗だ」


俺は、有能な側近の顔を見上げた。


「そこでお前に相談がある…18才の女性の好きなものについてだ…」


◇ ◆ ◆ ◇


「失敗した……」


俺が深い溜め息と共にそう呟くと、ジル=グルフーリは呆れたような顔を向けた。


「早々に…ですか?因みに何を失敗されたので?」


俺は、先程の失態を思い出しながらゆっくりと語った。


「お前に聞いた通りヴァレリアを宝石店に連れて行って、好きな宝石を選んで…と言ってみたが、反応が悪かった」


「それは、またどうして…」


「ヴァレリアは一瞬…ほんの一瞬だが真顔になった後、張り付けたような笑顔を浮かべたまま、興味があるような素振りをしつつ宝石を選んで喜んでいるフリをしていた。はあ…何を間違ったんだろうか?普通、ご令嬢といえば宝石やドレスに興味があるだろう?」


俺が溜め息混じりにジルに聞くとジルは少し首を捻ってから


「単純に考えて…興味が無かったということでは?」


と言った。ジルの言葉は俺の心を容赦なく切りつけた…イタイぞ。


「…っ…そ、そうか…俺に興味が無い…ということではないよな?宝石に興味が無かったということだよな?」


俺が食いつき気味にそう聞くと、ジルは眉根を寄せた。


「私にそこまでは分かりませんよ…そうですね、贈り物で今一つならば…殿下個人の魅力をお伝えすれば宜しいのでは?」


「俺の?…そうだ、明日は軍の剣術指南を頼まれているからと、ヴァレリアを見学に誘っている」


ジルは少し口角を上げて微笑んだ。


「丁度宜しいではありませんか、殿下の勇姿をお見せすればきっと…」


俺は気持ちを持ち直して大きく頷いた。よし…明日はヴァレリアに惚れ惚れして貰えるような剣技を見せようと気持ちを引き締めた。


翌日…城の侍従がヴァレリアが朝から登城している、と知らせてくれた。どうしたんだろうか?


まだ約束の時間より時間は早いが会いに行ってみるか…と城の図書室に居ると教えられたので、迎えに行ってみた。


ん?図書室の奥から女性の甲高い声が聞こえる…


気配を消し、静かに扉の近くまで移動した。


「……しかもお相手が王弟殿下の………やっぱり!と納得しましたわ~あなた、王弟殿下があれほどの美麗な方だと知っていたからこそ破棄にすぐに応じて、強引に婚姻されるのでしょう?」


漏れ聞こえてくる声は…シュージアンから紹介された例の婚約破棄の相手の甲高い声の令嬢だ。マリエリーナ嬢…だったか。


恐らく中にいるはずのヴァレリアはずっと黙って聞いているようだ。話の内容で察するに、どうやら難癖をつけられているようだ。割って入ってやろう…と思った時に、マリエリーナ嬢がクスクス…と笑った。


「リアフェンガー様はシュージアン殿下より大層お美しいものねぇ…逸る気持ちは分かるわ、フフ…」


その言い方はなんだ?俺がなんだ?マリエリーナ嬢は知っているだろう?シュージアンとマリエリーナ嬢がヴァレリアに婚約破棄を叩きつけたが為に、彼女が俺との婚姻を選ばざるを得ない状況になってしまったということを?


お前達二人が彼女を追い詰めたことを当事者であるお前達が一番分かっているだろう?


その時、マリエリーナ嬢に声をかけた者がいた。


「男爵令嬢、高位貴族のご令嬢に不敬ですよ。謝罪なさいませ」


マリエリーナ嬢を叱責した声は…近衛だろうか?


するとバシッ…と音がして、女性が悲鳴を上げた。


あの音は…まさか叩いた音?マリエリーナ嬢が近衛を扇子でぶったのか?


「あなたなんて…あなたなんてっ!シュージアン殿下に言いつけて近衛を首にしてもらうから!」


「……好きにされるが宜しい」


甲高い声で叫ぶマリエリーナ嬢とは違い、落ち着いた声で近衛が返している。冷静だ…そして咄嗟にヴァレリアを庇う姿勢は素晴らしい…と思った。


しかし飛び出して行く時機を逃してしまったな…これじゃあ盗み聞きだ。


床をドンドン…と踏みつけている音が聞こえる。そしてマリエリーナ嬢の激高しているような声が聞こえた。


「あなたが私とシュージアン殿下に嫉妬して、婚約式をさせないようにしているのは知っているんですからねっ!覚えてなさいよっ!」


そう捨て台詞を吐いて足早にマリエリーナ嬢が図書室から出て来た。


慌てて廊下の柱の影に隠れた。


続いて城付きのメイド二人が慌てて追いかけて出て来た。そして近衛二人が後に続こうとした時に、ヴァレリアの声が聞こえた。


「あの…大丈夫でしょうか?」


近衛は、笑顔を浮かべたまま静かに部屋を出て来た。近衛二人の顔は晴れやかだった。マリエリーナ嬢に叱責されてシュージアンから近衛職を辞めさせられても…悔いはない、というような顔をしていた。


そんな近衛達の後ろ姿を見ていると、室内からヴァレリアではない女性の声が聞こえてきた。


「あんな…あんな酷い言い方が御座いますか…お嬢様があんな…」


女性の声に続いて若い男の声も聞こえた。


「ヴァレリア様、よく耐えられましたね。本当に躾のなっていない令嬢ですね…」


どうやらヴァレリアに付いている使用人のようだ。二人共声を詰まらせ、泣いているようだった。


やがて…声を震わせたヴァレリアのか細い声が聞こえてきた。


「あんな…言い方ってないわよね?だって…引き受けて下さったリアフェンガー殿下に本当に不敬な事よね。殿下だってこんな不本意な婚姻を受けざるを得ない状況になっておられたのでしょうし…本当に殿下に申し訳ないわ…」


ヴァレリアの涙声を聞いて、潜んでいるのも忘れて足早に去って行くマリエリーナ嬢に後ろから飛び掛かってしまいそうになるのをグッと堪えた。


なんてことだ…ヴァレリアをか弱い少女だと勝手に思い込んでいた。


婚約破棄をされて悔しいとか恥ずかしい…などと少女らしい気持ちで落ち込んでいるとばかり思っていた彼女は、俺に対して思いやる言葉しか語っていなかった。彼女はとても思慮深く、そして自己犠牲の強い女性だと思った。


そう思えば尚の事、マリエリーナ……あの小娘が許せない。フト…歩き去るマリエリーナと近衛達を見ると、角を曲がる直前に近衛の二人がこちらを振り向いて礼をしてから角を曲がって行ったのが見えた。


なんだ、あいつら…俺の事に気が付いているな。


そうか…だったらそうしよう。俺はヴァレリアを全身全霊をかけて護る。その盾にお前達も引っ張り込んでやる。


さて…色々とやるべきことが増えたな。俺は一呼吸置いてから、図書室の中に入って行った。

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