嬉しい気遣い

婚姻式の打ち合わせをしながら、メモを取る。元OLの習慣だからこれを書きながら頭に入れていくのだ。暗記したりなんて地頭が良い人と同じことは出来ないという自覚はある。


努力あるのみだ。


それにしてもマリエリーナ様の近衛のお兄様殴打事件のあった日から、どうもリアフェンガー殿下の態度がおかしい気がする。


正直、城下町の宝石店に連れて行って頂いた日までは、なんというか…周りに見せつけている時以外は、王弟殿下の距離感?というか王子様だぜ~俺様に近付くな!みたいな一歩引いたエスコートの仕方だったと思うのだけど…一言で言うと、私の目を覗き込んでくる回数がやたらと多いのだ。


私は初日から一貫して美形王弟殿下を直視するのを避けている。目なんて合わせてみなさいよ?きっと目から壊死してしまうから…という大袈裟な表現は兎も角としても…目が合ったら最後、殿下の虜になってしまうかもしれない…と鍛錬場で米粒くらいの大きさの殿下を見ていても思うくらいなのだから…


至近距離、接近絶対ダメ!目の直視も絶対ダメ!


必死にギリギリでかわしている…つもりだ。今日もリアフェンガー殿下の綺麗な鼻筋だけを見て、目は絶対に見ないようにしています。


「一度流れを動いて確認して見るか?」


出た~!


婚姻式の段取りの説明を侍従と内務大臣から一通り聞いた後、流石軍人さんである殿下はまずは動きから確認しようとした。まあバミリ(目印ね)がないからどこで立ち止まって一礼するのか…とか、実際の動きをしてみて確かめたいのは分かるよね。


「じゃあ動いてみようか、ヴァレリア…」


リアフェンガー殿下に手を差し出されたので、手を出して殿下に引っ張られて立ち上がった。


あれ?今、何かおかしくなかった?


殿下に腕を引かれて扉の前に移動して、歩きながら動作確認をしていく。


「そうだな、ここで…一度止まって」


「はい…」


動作確認が終わり、本番もよろしくね!と内務大臣のおじ様に笑顔で激励されて…さあ~終わった、終わった!と、客室に引き上げようとした。因みに式まで一週間を切りましたので、私は王城に宿泊させてもらっているのだ。


「ヴァレリア、部屋まで一緒に行こう」


ん?んん?あれぇ?今、違和感の正体に気が付いたよ!


いつの間にか私の名前を呼び捨てで呼んでるよね?まるで流れるように自然に呼ぶこの手腕…モテる色気垂れ流し殿下は違うね!


さて、本日の夕食はなにかな~王城に宿泊して何が一番楽しみかと言えば


豪華晩餐!これですよ!


実は城の料理長が婚姻式の食材を使った試食みたいなのも提供してくれているので、毎晩、豪華食材の切れ端…かどうかは不明だけれど、いい材料を使ってるんだよね〜


でも油断して食べ過ぎてはいけない。折角のウエディングドレスが、入らないなんてことになってはいけないし…だが今はそれも難しい。私には豪華晩餐を拒絶しにくい理由が他にある。


「もっと食べないのか?」


これだーーこれ!リアフェンガー殿下はどうして私の横に座って来るかなぁ?どうして食べてる所を見詰めてくるのかなぁ?どうして、残そうとしたら顔を近付けて来るのかなぁ?


同じテーブルで夕食を頂くのはいいんですよ。これから辺境伯領に行けば何度かは食事をご一緒に…があるかもしれないし…それはいいんだけど、距離感!


もしかしてこれ新たな嫁いびりか?旦那が嫁いびりも変か…あっもしかして私をデブらせてウエディングドレスを入らなくさせる嫌がらせか?


何だか、根暗な発想ばかりをしてしまうね…


そして、夕食を済ませ…殿下と一緒に客間に移動すると私の部屋の前に数人の使用人が立っている。その人達をよく見ると…


「エルマ…フリージア…」


そして二人の横には、先日 マリエリーナに扇子で叩かれていた近衛のお兄様とその時いらしたお兄様もいる…どういうこと?


私に気が付いたのか、近衛のお兄様達がこちらを見て膝を突かれた。するとエルマとフリージアも振り向いて私に笑顔を向けた。


「ヴァレリア様!」


「ヴァレリア様…ありがとうございます。またお傍でお世話できるなんて…嬉しいです!」


「え?え…」


私は事態が飲み込めずオロオロとしていた。そして近付いて行くと、エルマもフリージアも涙を流していた。


「嫁がれるヴァレリア様と共に辺境伯領にご一緒出来るなんて…ありがとうございます!」


「!」


流石にエルマの言葉に驚いた。そして扇子で叩かれていた近衛のお兄様が顔を上げた。


「近衛の職を辞する覚悟でしたが…辺境伯領にて妃殿下の護衛の任を賜りました。この身に代えましても御身をお守りさせて頂きます」


もうお一人の近衛のお兄様も笑顔で私を見上げた。


「妃殿下の為にお仕え致します」


「ええっ……そんな…え…」


ハッ…と気が付いて後ろにいるリアフェンガー殿下を顧みた。殿下は小首を傾げて 


「私は何もしていないよ?一緒に辺境伯領に来ないか?と聞いただけだよ。彼らは自らの意思で私達と共に来てくれると言ってくれたんだよ」


そう笑顔で答えてくれた。


視界に入る殿下の顔が自分の流した涙のせいで歪んで真っ直ぐに見えなくなった。なんて心遣いが出来る方なんだろう。


エルマとフリージアを私の側付きに抜擢してくれたのも、この近衛のお兄様方もマリエリーナの不興を買って…近衛から除籍処分を受けていたのだろう。それを知った殿下が私の元に連れて来て下さったのかもしれない。


「あ…うっ……ぐすっ…」


溢れ出る涙を手の甲で拭おうとするとその手が優しく抱き留められた。リアフェンガー殿下だ…殿下は優しい笑顔を浮かべながら


「擦ったら腫れてしまうよ?」


と私の手を殿下の大きな手で包み込んでくれた。


甘えてもいいのかな?素直に笑ってもいいのかな?迷惑じゃないのかな…お礼を言うだけだものね…


「リアフェンガー殿下…ありがとうございます。言葉に言い尽くせないほど…嬉しくて、本当にありがとうございます」


私が、いつもの笑顔の仮面を付けずに、普段のように笑いながらリアフェンガー殿下の目を…真っ直ぐに見詰めた。


ああ…やっぱり殿下の瞳は深い蒼色のとても綺麗な瞳だ。やっぱり見れば虜になってしまうわ…私は急いで目を伏せると、カーテシーをした。


だが、殿下から離れようとした私の体は、再び殿下に引き寄せられた。またも殿下に抱き寄せられて胸筋に窒息させられそうになっている…


「……いや、礼には及ばない」


私は胸筋に埋まりながら、ありがとうございます…と繰り返した。


その後、皆で軽く自己紹介をして近衛のお兄様達は明日から…ということで帰られた。リアフェンガー殿下は…色っぽく微笑みながら何か言いたげにしつつも…自室に入られた。(因みにお隣の部屋です)


さて…エルマとフリージアは私と共に部屋に入って、そして室内にいた公爵家のメイドのシーナに気が付くとシーナに近付いた。


「シーナさんお久しぶりです。私達、ヴァレリア様と共に辺境伯領にもご一緒することになりました」


「よろしくお願いいたします!」


シーナは二人の顔を交互に見ると破顔した。


「まあ…まああ!お二方共にご一緒されるですねっ…嬉しい!はい、宜しくお願いします」


女子三人、キャア!と歓声をあげている。正直、シーナの他に辺境伯領にどのメイドを連れて行こうかと思案していた所だったので、気心の知れているエルマとフリージアが来てくれるのなら、最高の人選だった。


本当にリアフェンガー殿下はよく気が付かれる…目端の利く方というのはああいう方のことを言うのね。


政略婚の相手の私にも本当に良くして頂いている…でも出過ぎてはいけない。あの方の本妻は辺境伯領いらっしゃる…落ち着け。


あっそうだった、肝心な事を忘れていた…愛人?妾妃の方にはいつご挨拶にお伺いすればいいのかな?菓子折りとかいるかしら?王都で有名な菓子店の焼き菓子にしようかしら…


「ねえ、皆…明日少し時間を取って、城下町に出てもいいかしら?辺境伯領に手土産を持参したいの」


「まあ…!流石ヴァレリア様、なんて素晴らしいお心遣い~」


「あちらにいらっしゃる使用人に渡されるのですか?」


「数はいくつぐらい必要でしょうか?あ、副官のジル=グルフーリ様にお聞きしましょうか?」


「あ…え?…いやぁ…まあ…」


出来るメイドの三人はあっという間に明日の段取りを組んでしまい、辺境伯領で勤めている使用人にあげるお菓子を準備するという流れになってしまった。


勿論、手土産の差し入れは大賛成だけど、私の本来の目的は妾妃様方?に引っ越しのご挨拶に伺う為の手土産をだね…え~と、どうしよう。仕方ないな…焼き菓子でもツーランク上位の詰め合わせを数個くらい準備しておけばいいよね。


あれ?待てよ?


まさか片手に納まるくらいの人数の愛人しかいないわよね?まさか二桁…じゃないよね?ジル=グルフーリ様に聞いてみる?あ…でも、本妻が首を突っ込むな…とか言って怒られそうだしな…悩ましい。

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